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新・農業経営者ルポ

稲の根が土を抱くように、深く顧客と通ず

 粘りや柔らかさ、鼻に抜ける香りを言われるなら、まだ分かる。だが、コクとは?思わず言い返した。「じゃあコクのあるコメを食べさせてください」

 後日、米穀店から送られてきたのは、三重県の生産者が作ったコメだった。さっそく家族で食べてみたところ、あごが疲れるほど硬く感じた。「なんだ、このコメ」と言い交わしながら、ふと気付いた。飲み込んだ後で、口の中にほどよい後味が残ったのだ。

 実は同じことを、その三重の生産者もやらされていた。米穀店から送られてきた阿部さんのコメを食べ、「柔らかすぎるようだが、すべりがあって咽越しがいい」と感想をもらしたという。

 その米穀店では、2つのコメをブレンドして販売している。阿部さんとしては、いささか不本意なのだが、単品では出せない「コクと咽越し」をうまく引き出している以上、文句は言えないのだという。それよりは、風土や土壌の特徴、作り方で変ってくるコメの味について知りたいと思い、三重の生産者とメールで対話しながら、意見を交換する仲になった。「自分のコメに自信はあるけど、一番だとは思わない。銘柄産地と呼ばれる地域でなくても、世の中においしいコメはたくさんあるのだから、人から教わることも多いはずですよ」

 なにしろ、阿部さんは「今まで一番うまいと思ったコメは、試験場で食べたバスマティ」と、ニッポンの稲作農家とは思えないようなことを本気で口にする人だ。バスマティとは、インド・パキスタン原産の高級インディカ米で、日本人が嫌いがちな長粒種である。

「香りが強くて主張があるんですね。日本のコメの場合は食味と言っても、それぞれ微妙な差で、はっきりしたものがない。バスマティには初めて『味』を感じたし、自分のコメでも、ああいう主張が出せればなあと思います」 奇をてらうわけではない。むしろコメへの姿勢はまっすぐで、「瑞穂の国に生まれて、コメぐらいまともに作れなくて、農業経営者と言えますか」とさえ、阿部さんは言う。「まともさ」とは、現状に満足せずに稲作の可能性を広げることだ。そして、時代や政策に流されずに主体的な経営を貫くことだと見通しているに違いない。

(秋山基)

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