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江刺の稲

“足りる”ということ

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第149回 2008年09月01日

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僕にとって関祐二氏は、本誌創刊の同志というべき人物である。農業と農場経営そして「土」を考える上での基本認識を共有してきた。それは「過剰」である。本誌は過剰の中での生産と農業経営をテーマとしてきた。
僕にとって関祐二氏は、本誌創刊の同志というべき人物である。農業と農場経営そして「土」を考える上での基本認識を共有してきた。それは「過剰」である。本誌は過剰の中での生産と農業経営をテーマとしてきた。さらに、日本の農地と農業の現在が、過剰の中の栄養失調ともいえる糖尿病状態にあり、それを経営者が自覚し、健康を取り戻すことへの手伝いを本誌の使命と考えてきた。「指導者」や「権威ある者」から答えだけを教えられることに従ってきた農民が、自らの存在を問い直し、科学的に、そして自然と作物とマーケットを素直に見つめ、考える農業経営者になる過程で実現されると思ってきた。それゆえに、本誌では「答え」を教えるのではなく「考え方」のヒントを提供しようとしてきた。僕と関氏がそう考えるようになったのは、今から約20年前、牛久市の高松求氏の圃場を土壌調査した体験からである。

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