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北海道長沼発ヒール・ミヤイの憎まれ口通信

春宵一刻値千金

ここで私の経験をお話しよう。

(1)1987年6月に初めてお化けを見た。米国、ミネソタ州、ミネアポリス北西のコンファートインの出来事だった。私はエマージェンシーを考えてホテルのドアの明かりはいつも付けておくようにしている。夜中ドアが開く音で目がさめると目の前の鏡に山高帽の男性の影がスーッと現れドアの方に動き出し、出て行った。その初めてのことにほっぺたを叩いたりしたが、夢ではない現象に本当であれば驚くはずの自分がいたって冷静に対応していた。

(2)1993年12月の帯広、東○インのフロントでは、あのムネオさん(鈴木宗男衆院議員)がタクシーに乗り込む後援者が見えなくなるまで深々と頭を下げ続けていた。私と同じでイメージとかなり違う人だと感じた。夜に就眠につくとスリッパをはいた(多分)女性が“スッ、スッ、スー”と私のベッドの近くまでやってくる音が聞こえた。眠い私は「寝させてくれ」と言うと音はしなくなった。

(3)2000年のある秋の夕方に札幌に行く用事があり、車で交差点を左に向けた先の畑では近所の農家がトラクター作業をしていた。「あれ、夕暮れなのにトラクターの影が見えない」と気付いた。翌日、彼の家に電話をして「何かあったら手伝うよ」とトンチンカンな電話をした2日後に彼はトラクター事故で他界した。

(4)本年正月が明け、子供たちを札幌まで送った帰りに、寄り道をして、ある交差点を左に切った。「そう言えばこの交差点の排水路で首つりがあったな~」と思った瞬間、4輪駆動のカムリのコーナーセンサーが“右前方注意”と知らせてきた。

最後のトヨタの音声案内を除き、物理的な現象ではなく、大脳がそのような音や画像を作り上げているのだというのは理解できているので、気にはしていないが、自分にとってこの様な現象が起きた年から数年間は、劇的な変化がある。米国人との出会いで農機具の直接取引、その後の劇的な取引額の増加、組換え大豆栽培などがあった。

さて今年はどのような変化があるのか楽しみである。選択ができるのであれば加齢臭漂うオヤジ連中はもう飽きたと発言したら、お化けに怒られるだろうか。

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