ナビゲーションを飛ばす



記事閲覧

  • このエントリーをはてなブックマークに追加はてな
  • mixiチェック

新・農業経営者ルポ

成田からアジアの食卓へ 海外から始まった宅配事業

 当時、香港では、農薬を使った野菜を食べて人が死ぬという、日本では想像もつかない事件が実際に起きていた。「毒菜」という言葉で恐れられ、現地に駐在している日本人の間には、日本の野菜を手に入れたいという切実な要望があったのだ。

 94年、8軒の駐在員家庭からの注文を受けて始まった香港向け宅配は、現地の日本人社会に口コミで一気に広がった。その後、SARSウイルス事件や経済危機による香港市場の縮小もあったが、現在でも約350戸、さらにシンガポールの約250戸の家庭にも、2週に1回のペースで宅配されている。

 国内で3000円の宅配パックが、香港に送ると運賃や現地の事務手数料などを含めて790香港ドル(約9400円)、シンガポールでは170シンガポールドル(約1万250円)になる。しかし円高が進んだ現在でも、特に注文が減るということはない。

 宅配パックの中身は、「野菜12~15品目、果物1~2品目、放し飼い鶏の有精卵10個(シンガポールは卵なし)」というセット。海外にいればこそ安全だけでなく日本の野菜のおいしさが懐かしいようで、野菜の名前は同じでも、日本の品種は柔らかくて食味が高く、しかも収穫から2日後には家庭に届く。現地のスーパーで買うより鮮度がいいのも人気の理由である。これができるのも成田空港に近接するデコポンの強みである。また、イチゴやモモなどの果物、世界で唯一、生で食べても食中毒の心配のない卵も喜ばれる。

 円高が進んで割高感は出てきているものの、世界中の都市に販路を広げられると井尻は考えている。数カ月前までの円安の時代であれば、日本の野菜は世界の都市と比べてもむしろ安かったわけだから、それを目指さないことの方がおかしいだろう。現在、タイのバンコクでもテスト的な販売を始めている。ほとんどすべての食材を海外に依存する香港やシンガポールと比べ、タイなどの農業生産国では検疫が厳しく、廃棄になってしまうリスクはある。それでも井尻は、ロンドンなどのヨーロッパ各都市の日本人市場にも進出しようと考えている。

 デコポンが国内で宅配事業に真剣に取り組もうと考え始めたのは、実はこの海外事業がきっかけだった。駐在時代にお客さんだった家庭が、帰国後もデコポンの農産物を食べたいと言ってくれたのだ。そんなお客さんは日本の野菜を手に入れることが難しい環境にいたからこそ、それを大事に食べる習慣を持ってくれた人たちである。物が有り余る時代でも食べ物に対する思いを持ってくれる、デコポンにとって一番大事なお客さんでもあるのだ。

関連記事

powered by weblio