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新・農業経営者ルポ

成田からアジアの食卓へ 海外から始まった宅配事業

 「やがて必ずうまくいくと確信していながらも、一方では金がない、暇がない、人がいない、とぼやいてばかり。実は仕事の仕方、経営の組み立てが間違っていたんですね。みんなの応援があって倉庫ができた頃から何とか回り出しました。デコポンは自分ではなく、生産する農家が主人公ではなければならないと思っていますが、事実、デコポンを作ったのは、あんな僕を信用して応援してくれた会員生産者の人たちなんです。そんな人たちに出会えたことこそが幸運だったんです」

 4カ月も5カ月も支払いを待ってくれた人々は、井尻との関係を単なる「取引」とだけ考えていたわけではなかったのだろう。むしろ井尻という人間との出会いを通して、農家として自分が置かれている状況を変えたいという夢があったのではないだろうか。

 農協や市場のあり方に疑問を感じていても、ひとりでは何もできない。農協や市場というシステムによって「ありがとう」と声をかけてくれる顧客に出会うチャンスを奪われ、農協や農業指導者、あるいは農業メディアなどによって当たり前の社会常識から情報的に隔離されてきた農家という存在。知的で感性の鋭い人であればあるほど、きっと自らの存在に苛立つはずだ。

 支払いは遅くとも、現状に対する同じ問いを持ち、夜も寝ないで野菜を運ぶ井尻は、お客さんの「ありがとう」を農家と共有し、それをつないでくれる。井尻を支えた人々は、そんな彼の存在が嬉しかったのではないだろうか。

 人はその思いが深ければこそ、しかるべき人に出会えるものである。そしてさらに出会いが出会いを呼び、人が出会いの意味を教えてくれる。そして、その出会いのありがたさに気付き、その幸せを知る者に未来が与えられるのだ。

 井尻も、彼とともに歩む生産者の人々も、そんな出会いの価値に気付いたのだろう。そして農業の程をわきまえた循環を守り、戻し続ければこそ応えてくれる“お天道様”と“お客様”という、ままにならないが自らを生かしてくれるものに気付いたのではないだろうか。

 井尻自身も農地を借りてイチジクの栽培をする現役農家ではある。でも、日本一の農業改良普及員であり続けたいと井尻は言う。デコポンの主人公は農家である。むしろ井尻は農家の同伴者でいることでデコポンは発展するのだろう。そして、彼のような農業経営者を日本の農業と顧客は求めているのだ。

 生産者連合デコポンの夢は「デコポン村」だという。そこには体験農園や農家レストラン、農村民泊施設などを作り、農業だから果たせる多様なサービスを提供することを目指す。すでにその実現に向けて歩みを進めている。消費者による出資を求めたのもそのためだ。それは、現代社会が抱える「過剰」の病理という、より解決困難なテーマに応えていくものになるのではないだろうか。(文中敬称)

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