ナビゲーションを飛ばす



記事閲覧

  • このエントリーをはてなブックマークに追加はてな
  • mixiチェック

新・農業経営者ルポ

目線の揃う需要者との連携こそが食文化を守る

愛知県は、今や貴重な食材となってしまった金時ショウガによる「はじかみ」の残された産地である。焼き魚のツマ物野菜として使われるはじかみは、人工着色された安い中国産の加工品に押され、この十数年で国内生産が激減してしまった。現在の市場価格では生産コストをまかなえないからだ。そんなはじかみを残していくため、(有)木村農園の木村憲政は、さらなる品質の改良とマーケティングに取り組む。 (取材・文/昆吉則 撮影/土井学)
悪貨が良貨を駆逐する

 風土に根ざした様々な食材と食文化が各地に受け継がれている。京野菜や加賀野菜などは、その代表例であろう。山形の赤カブ漬け、かぶら寿しや千枚漬けにするカブ、守口漬けの守口大根。菜っ葉、大根、胡瓜、瓜、茄子、大豆、枝豆等々、地域の在来種が固有の料理法とともに受け継がれている。しかし、すでに絶えてしまった食材や食文化も少なくない。

 伝統的な食材のなかには、単に食味の高さだけでなく、彩りとして和食文化の美意識を表現するのに欠かせないものとして珍重されてきたものもある。「はじかみ(椒)」はその代表例といえるだろう。はじかみとは、同じ薬味のサンショウを指すこともあるようだが、今回紹介するのは金時ショウガの若芽である。端を噛むからはじかみなのかと思ったが、端が赤いことから「はし赤み」と呼ばれるようになり、それが転じてはじかみになったという説がある。また、その形状が弓矢の矢に似ていることから「矢生姜」という字を当てて「はじかみ」と読ませることもある。そして、今回紹介する金時ショウガの新ショウガは、色の白い「谷中ショウガ」とは別品種である。

 世界中でショウガは薬味として使われているが、それは根ショウガだけ。軟化栽培して食材にしたのは日本だけの食文化である。

 人工的な着色ではなく、素材そのものの真紅の彩りで魚料理を飾る金時ショウガのはじかみは、調理人の粋を感じさせる。しかし、このはじかみを生産する農家は、伝統産地である愛知県でもすでに14~15人しかいない。木村憲政(62歳)は同県内でも4人しかいない専業のはじかみ生産農家のひとりである。

 伝統野菜が現代に息づいていく条件とは何なのだろうか。個々の家庭に調理法や食文化が受け継がれていることもさることながら、その食材の意味を知り、食文化を商業化する事業者や職人の存在が欠かせない。しかし、そうした食文化を受け継ぐ担い手たちが、そのこだわりを捨ててしまえば、高級食材であるがゆえに消え去っていくことになる。愛知県の金時ショウガのはじかみも、そんな運命をたどってきた野菜のひとつである。

関連記事

powered by weblio