ナビゲーションを飛ばす



記事閲覧

  • このエントリーをはてなブックマークに追加はてな
  • mixiチェック

北海道長沼発ヒール・ミヤイの憎まれ口通信

農業生産者であり続けること

 ただでさえマトモな生産者が少ないのに、これ以上効率の悪い産業にして、誰の利益につながるのだ。

 確かに補助金漬けの大豆・小麦生産者を蔑む風潮はいろいろな場面で出くわす。しかし補助金なしの農業は国策に沿った正しい農業経営と断言できるのか。職業選択の自由は日本国憲法22条で保障されてはいる。農政に逆らうのは自由だが、「公共の福祉に反しない限り」という一定の制約があるのである。

 和郷園の木内さんがコラムで以前に書かれたように、自分ひとりで生きているわけではない。道路や電話だって税金、言い換えれば補助金施策の賜物の一つである。

 ついでに「隣人を選ぶことはできない」とよく言われるが、自分の周りには貧乏農家は存在してほしくないものである。この貧困とバカは豚を起因とする新型インフルエンザよりも強烈に感染力が強い。この病気は10mくらい離れて、目が合っただけで感染するのでマスクをしても無駄で、ブランドがあるSPF豚と同じ略字のSPF(遮光性)が高いUVカットのサングラスが必要である。


補助金を頂戴しておりますが、何か?

 さて、今回の強行ツアーで、あの日本一の地主であった本間家を訪れる機会があった。庄内空港の地図を見るとその北には何と酒田市があるではないか、日頃から「地主だ、小作だ」と発言しているので、是非ともこの日本を代表する旧地主様を知るために出かけることになった。物の本でそこそこの話を知っていたが、やはりすごい家系だった。

 ただ250年間で3000町を買ったと言えば聞こえは良いが、早い話、本業の金貸し業で返せなかった貸金の担保である農地を引受け、新しい小作人に貸し、小作料を徴収したのが正しいと感じた。事実、戦後GHQの命令で農地のほとんどを取られたと言うことは、本間家では実農として農業をしていなかったことになり、これは未来永劫続くと思った日本式封建社会からの脱皮が出来なかったことは痛恨の極みだったであろう。説明では山林9000町歩と宅地は没収の憂き目にあわなかったので、戦後は不動産業を営んでいるそうだ。

効率を考えた場合、農産物の生産は金貸し、流通、販売よりも落ち、歴史の過程において商業が発展するが、一度、農業生産者がこの生産という軸足を動かし、他の産業にのめり込むと元には戻れない。 ものを作る大切さ、誰がなんと言っても農産物は農業生産者以外が作れない事実にプライドを持つべきだ。効率の悪い産業ではあるが、食を無視できない国策の中で農産物の評価していただける閣議、両院を通過した補助金と言う予算付けがあっても何ら矛盾はない。

関連記事

powered by weblio