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新・農業経営者ルポ

「私は楽になりたい」という生き方が創る農業経営



私は楽になりたい

「私は楽になりたい」 2002年2月25日。その日に始まる野口のブログの第1回目のタイトルである。

 体調を崩してから3カ月後、会社は休職した。体調の不具合は続いているが、野口にはこれからの人生についての道筋が見えてきたのであろう。

 父親はすでに脳梗塞で倒れていた。家の田は知り合いの家に作業を頼んでいたが、気晴らし程度に農作業をし、趣味ともいえる果樹の手入れやジャム作りが野口を癒した。

 そして、

「楽になりたい」 で始まる日記は、野口の人生の再出発であり、それまでとは異なる野口の生き方と仕事を始めるという決意を書き記したものなのではないだろうか。“決意”などという言葉は「楽になりたい」という言葉と矛盾すると思うかもしれない。しかし、120%が当然と思って生きてきた野口のような者には、文字通り様々な思いを整理した後の決心が必要なのである。

 小康状態を続けながら、2002年6月末で野口は会社を辞める。それだけでは飯は食えないが、本物の農家になった。

 正式に会社を退職する前の5月29日に、野口は自身のブログにこう書いている。

「最近、春日大社の宮司さんの書いた本を読む機会がありました。日本人は何故日本人なのかという本ですが、不思議なことに私は日本人に生まれてしまいました。しかも、どういう訳だか百姓の家に生まれています。これは、何かの導きなんでしょうか。ふとそう思います。 自然は偉大だなぁと常々思いますが、人と共生するには、何がいるのだか、わかっているようなわかっていないような毎日を過ごしています。そのままでいいのかもしれませんが、時代は動いていますから、何かしらすべきかもと思う今日この頃。

難しくて悩みます」 その言葉のなかに野口の農業回帰への思いと、野口だから可能な農業を通して社会あるいは顧客に提供しようとしているモノあるいはコトへの気付きが書かれているように思う。

それは、農産物を生産するということに止まらず、むしろそれ以上に、野口が農家であること、農家として暮らすことそれ自体が時代に必要とされる。そんな仕事で食えるという予感である。 20年間、システムエンジニアとして現代のサラリーマンを演じてきた野口。そして、心と体のバランスを崩すまで仕事に熱中した野口自身が内からの欲求で始めるものであればこそ人々はその存在を求める。


現代が農業に求めているコト

 「農業経営者」という言葉に、多くの人々は耕作規模や売上の大きさばかりを注目する。しかし、筆者が「農業経営者」と呼ぶ条件は、ただひとつ。時代やマーケットあるいは顧客に必要とされて農業に取り組む者のことである。社会や時代への理解なしには農業の経営は成立し得ないからだ。

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