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編集長インタビュー

ニュージーランドの農業はいかにして規制改革を乗り越えたか

酪農や果樹など農業が主要産業となっているニュージーランドでは、かつて農業保護の名のもとに政府による補助金政策が行なわれていた。しかし、市場のニーズを無視した政策は経済の歪みを作り出し、政権交代が起きてからは、規制改革が進められることになった。構造変化による痛みが伴うなか、ニュージーランドの農業経営者たちは、いかにしてこの危機に向き合い、困難を乗り越えてきたのだろうか。誇りに満ちた彼らの体験談から、日本農業が学ぶべき精神とは――

補助金カットがもたらした農業の構造改革

昆吉則(本誌編集長) 今日はようこそお越しくださいました。本誌は日本の農業が産業として成長していくべきだと主張している雑誌です。私は保護主義が蔓延する日本の農業界には、規制改革が必要だと考えていますが、ニュージーランドの農業は日本のそれとはまた違った性格とはいえ、すでに規制改革を進めていると聞いています。実際に農業をおやりになっている方にとっては困難も伴ったことと思いますが、そのご体験は、わが読者たちにとって非常に参考になるはずです。今日は是非、ポルソンさんのお話をお聞かせいただければと思います。

アリステア・ポルソン(ニュージーランド農業特使) お招きいただき、ありがとうございます。今日はスーツを着ているのでそうは見えないかもしれませんが、私も農業経営者の一人です。羊と牛の牧場のほか、キウイの農園を持っています。

昆 ポルソンさんを含め、ニュージーランドの農家数は現在どのくらいいるのですか?

ポルソン 大規模な農家が5万戸ほどですね。それが農業売上の50%を占めています。私は1980年代まで補助金を受けて農業を行なっていましたが、それが急にストップしたという経験を持っています。実際に補助金がカットされたのは1984年のことですが、その危機にいかに対処してきたかというのは、日本の皆さんにも参考にしていただけるのではないかと思います。

昆 1984年を境に、農家の数はどう変わったのですか?

ポルソン 当時、全体で8万戸いた農家のうち、1割にあたる8000~1万戸はやめると思われていました。しかし実際にやめたのは、1000戸未満です。

昆 意外に各自が変化に対応できたということですね。ところで、ニュージーランドではそもそもなぜ規制改革に踏み切る必要があったのでしょうか?

ポルソン ニュージーランドはご存知の通り農業が主要産業の国です。我われはずっと英国への輸出で発展してきたのですが、英国がEEC(当時)に加盟した1970年代初めに、英国の市場が急に閉ざされてしまい、非常に苦悩しました。

 それに加えて70年代には石油危機が襲いました。そこで政府が景気刺激策として補助金を出し、農業輸出を増やして国家財政を立て直そうとしたんです。しかし、それを10年続けた後に気づいたのは、主要産業で従事者の多い農業には補助金を出し続けられないということでした。国家として債務超過の寸前までいきましたが、そこで政権交代が起こり、規制改革が始まったわけです。

昆 なるほど。

ポルソン そのとき、経済に2つの大きな歪みがありました。ひとつは需要の歪みです。たとえば我われは様々な補助制度で奨励を受け、輸出用の子羊を3900万頭作れといわれていました。しかし実際の世界の需要は2900万頭しかなく、価格の暴落が起きたんです。政府が勝手に需要を決めて、それを我われに押し付けていたのが原因です。市場が求めていないものを作ってはいけないということです。

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