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編集長インタビュー

ご飯を主食とした日本型の食事を子どもたちにお弁当で届けたい


椎名 間違いないですね。日本大学に入学して早々の5月に初めてお世話になりました。農業を勉強するサークル活動で先輩から「キツイところなんだけれど、行かないか」と誘われて、「厳しいところなら行きたい」と連れて行ってもらいました。夏休みは1カ月半フルに、ただひたすらレタスを切って、キャベツを切って、白菜を切って、詰めて、担いで運んでと働きました。
昆 そのときは農業をやろうという夢があったのですか?
椎名 国際地域開発学科という専攻だったので、いずれは海外で農業指導者になりたいという夢がありました。ところが高見澤さんのところでいろいろな話を聞いて、実際に農作業をやっていく中で、何も知らない私が大学で4年間勉強しただけで指導者になるなんて、すごく失礼で馬鹿にしているんじゃないかと思うようになりました。さらに野菜の出荷調整を初めて体感して、あんなに頑張って植え付けをして、育ってきたのに、捨てるために収穫する、廃棄するための山をつくるのは悲しかったですね。日本の農業がどうこうというわけじゃなくて、食べる人がもっと増えればいいのにと。
昆 消費が増えれば、これも売れるはずだってね。
椎名 そうなんです。農業の制度とかは全然わかっていなかったので、単純にもっとみんなが、その時に穫れたものを本当に食べているのかなと考えたら、全力で食べていないって思ったんです!
昆 全力で食べてない(笑)?
椎名 安易なものやその時期じゃないものに手を出していたり、日本にいる人が日本でその時に穫れたものをいっぱい食べてほしい。それで、食育が大事だなと。私がこのまま農家になっても廃棄は苦しいし、耐えられないだろう。食育をして、多くの人に「日本の食事を、お米を、旬のものを食べましょうよ」という活動をしたいと思って、大学を辞めて栄養士を目指すことにしたんです。
昆 よくそれで、あっさりと進路変更を決めましたね。
椎名 夏休みが終わって大学に戻っても、大学教授の授業が現場から離れているように感じて、それはそれと素直に受け入れられなかったんですね。それで、3年生になるタイミングで、受験をし直して、短大に入りました。
昆 まずは技能を身に付けるということが優先だったんでしょうけれど、栄養士になるための学校に入って、学生時代からの目的意識に合う感じはしたんですか?
椎名 短大に通っている頃は、毎日嫌でした。一緒に学んでいる同級生はみんな包丁を使えなくて、料理も全然知らなくて。私は料理だけは母の教育の甲斐あって、同世代の誰にも負けない自信があったので、調理に関しては学んだ部分はなかったです。ただ、栄養士としては栄養計算の他にも、衛生管理について学ぶことは重要で、勉強になりました。

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