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新・農業経営者ルポ

ブルーベリーから人の輪が広がる50歳で叶えた観光農園オーナーの夢


山原の父は、この地域でも珍しい露地野菜の専業農家。水稲や転作田での小麦・大豆栽培、あるいは伝統的な茶畑には後継者がいるそうだが、工業化が進んだこの地域は兼業農家に大部分が委ねられている。
山原も専業農家の長男に生まれたものの、農業高校ではなく工業高校に進学し、化学を専攻。卒業後は地元の車部品メーカーで電装の仕事に就いた。いつかは実家の農業を継ぐ日が来ると思いながらも、サラリーマン生活を選んだ。
転機が訪れたのは、就職してから9年が経った頃だ。父が体調を崩したのをきっかけに勤めていた会社を退職した。ちょうど長崎県雲仙普賢岳が噴火した年だった。当時の野菜の相場は文句なしの好景気で、加えてライバルとなる産地の不調で高値を弾きだしていた。
農家は儲かる職業だ。就農当初は素直にそう感じたという。その時期をピークに野菜の価格は下がり続けていることに苦笑いを浮かべるものの、山原は父の経営を受け継ぎ、現在に至るまで市場出荷を主軸に据えて経営を成り立たせてきた。

露地野菜の市場出荷に感じた2つの閉塞感

自作地はブルーベリー園になった圃場も含めて1.2haほど。次第に畑が集まり、経営面積は就農当時の約3倍の5.5~6haに増えた。畑は1区画0.5haもあれば大きいという。古くからの付き合いもあり、借地料はほぼゼロだ。
最近は父も引退し、収穫作業にパートさんを頼むほかは、ほぼ1人で作業をしている。さらに規模を拡大するには機械化を進めたいところだが、同じ品目を5~10haつくらないと見合わない。山原に限らず、府県の露地野菜栽培では収穫作業の機械化が難しいことが経営拡大のネックになっている。
市場出荷で求められるのは反収、外観、歩留りの3つである。「おいしいのは認めるが“普通”のをくれ」。市場からの要求は、ある程度のレベルで均質なものを大量に集めたいという理由に尽きる。他産地の天候や生産量、市況の影響も受ける売値。天候に恵まれて品質・収量を上げたからといって儲かるわけではない。20年以上、それを飯の種にしてきたのだから、今さら失望はしないが、自ら値段を付けられないフラストレーションは感じてきた。
そこで、5年ほど前から加工用キャベツは仲間とグループを組んで出荷組織を立ち上げた。カット野菜業者に納めている。それまでのキャベツ生産の経験から鈴鹿市、いなべ市の野菜農家への生産指導も引き受けている。取引条件を相談しながら決められるメリットをこの取り組みを通じて経験することができた。

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