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実践講座:したたかな農業を目指す会計学 続・入るを計り出を制す!

第十二章 前半を振り返り、経営分析を復習しよう


しかし、食生活が改善され食糧管理制度が葬り去られた後も、米づくりは自由と言いながら、コメの需給調整が政策として残った。水田農業者の考えが変わらなければいけないのは、紛れもない事実である。コメを昔ほど食べなくなってしまった時代に、狭くなった米市場に工夫もなしでしがみつくことは、どう抗ってみても採算が合わず、苦しさが続くだけと考えるのが自然だ。我が家の経営も、米づくりをやめて20年が過ぎた。農業界の自浄作用と自然治癒力を高めること。現実逃避せずに、いの一番に認識と行動すべきことであろう。
2つ目は、日本の工業界の技術力と商品力はこれからも農業技術の進歩に欠かせない力であり、それらを活かすことで日本の農業生産も伸びていくことである。農業でも技術革新が進み、ICTの実用も始まった。世界の一等地に負けない穀類生産力も夢ではないし、世界で日本の農産物が商品としてヒットし、私たちにやりがいと利益をもたらしてくれるかもしれない。そう考えると、農業は伸びしろと可能性のある産業だ。
一方で世界的な食料不足の問題は、不足分を輸入で補えない経済格差が原因であるように思えてきた。日本は食品を買うことも、売ることもできる貿易国として、農業を他業界とともに成長させられれば、私たちにも幸せなことである。普段から輸入農産物や輸入食品を好んで口にしているのだから。
現物(農産物)で納める重税に耐えてきたしぶとさは、現代の農業者にも流れていると信じている。狭い農業界だけで考えず、保守的な心を断捨離してイノベーションを起こす。儲かるところには、人は自ずと集まる。儲かる経営、技術革新に迫る経営を本気で目指さなくては生き残れないと考えることにしよう。
最後にこの本を読んで、思い出したことがある。農業者にとって財界は、力があり政治力も大きく見える。俗に言う業界の腐敗の部分と悪しき風習は、その力との結びつきがドキュメント番組や映画、ドラマのテーマに挙げられることも多い。
昭和40年ごろの日本政界を描いた「金環蝕」という映画をご存じだろうか。周りは金色の栄光に輝いて見えるが、中心のほうは真っ黒に腐っているという言葉の解説から始まる。保守政党の総裁選挙を巡って巨額な票買収費がばらまかれ、農村の巨大ダム建設工事の利権獲得に画策した政界、建設業界の汚職問題に切り込んだ映画である。  
当時の北海道では農家に、水田整備、畑地造成、酪農のパイロット事業、畜産の外来種増産が所得増につながると国が持ちかけ、補助事業が盛んに推進された時期であった。ところが、事業の目論見は大きく狂い、負担金の負債借り換えが続き、夢描いた多くの仲間が資金供給先の農協から肩たたき(倒産離農)を受けた。その後、生き残った農家は他の業界や国が進めることに安易に耳を貸さなくなり、したたかになった。過去のことと水に流せない思いはいまも残っている。

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