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成田重行流地域開発の戦略学

大島と緑の真珠(3)小さい人が勝てるものをつくりたい


ただ、折に触れてヒントは出す。たとえば前号で紹介したソバで復興を始めたときのこと。成田さんは大島を訪れるたび、帰り際になると水上俊光さんに一筆したためた色紙を手渡していた。そこに書いたのは「蕎麦は笑顔をつくる」「蕎麦は人と人をつなぐ」「蕎麦は長い友達」といった短い一文。みんなでソバを栽培したり、打ったりしたりすることが、色紙の文言のような前向きの事態をもたらすことを暗に諭していたのだ。
ここで注目したいのは、地域プロデューサーとしての成田さんの島民との間合いの取り方だ。大島訪問中、島民たちと島の行方について話す場面は幾度となくあった。そのたびに彼らは大なり小なりの悩みを吐露した。けれども、それを聞く成田さんはやはり話題の中心には入らず、どうすべきかも説かなかった。それは多くの地域開発コンサルタントとは違う手法である。そこには「物事を動かすのはそこに暮らす人たち以外にありえない」という根強い信念がある。
代わりにヒントはちょくちょく出す。「この島のもともとの漁法はどんなのだったのか。それを調べてみる必要があるんじゃないの」「神社のいわれを探れば、面白いんじゃないかな」といったことだ。おそらくこうした言葉の向こうに道筋があるに違いない。
大島に生まれた詩人の水上不二(1904~1965)はこの島とその周囲の海を「緑の真珠」と呼んだ。成田さんは、大島の人たちが「緑の真珠」とそこに息づく文化の価値を再発見することを、ゆっくりと温かく見守りながら待っている。その日が来るまで、成田さんはこれからも大島に通い続ける。

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