ナビゲーションを飛ばす



記事閲覧

  • このエントリーをはてなブックマークに追加はてな
  • mixiチェック

北海道長沼発ヒール・ミヤイの憎まれ口通信

それでも私はやっていた…

国産マイノリティを助けるのが正義なのか

2004年11月17日に民主党所属の佐藤謙一郎・衆議院議員が国会において私が翌年の栽培計画と過去栽培したGM大豆について政府に質問主意書を提出している(以下要約)。
○栽培計画を中止したが、問題の先送りに過ぎないので何らかの対策を講じなければならない。
○GMと説明しないで過去に栽培・出荷していた。
○そのGM大豆は交付金の適応を受け流通販売された。
○消費者は極少数量といえども混入・流通していたことにショック。
さすが批判上手で新たな生産を得意としない民主党の議員である。実に的を射た質問をされていた。消費者だけでなく私もショックを受けた。輸入はGMでもよいが国産はノンGMでというような棲み分けを当時の社会はできていた、との解釈もできる。
それはおかしい。なぜならば当時でさえ直接可食する豆腐・納豆用大豆の輸入量は60~80万tといわれ、それは国産の3~4倍の量であり現在も変化はない。
残念ながら流通・販売のリアリティショーの現場ではすでに国産はマイノリティのグループである。だからそのグループを助けるのが正義なのか?
その結果、我々生産者が栽培・販売する国産大豆の単位面積当たりの収量は40年間まったく変わっていない。
それに同調するかのように「宮井さん、国産大豆はたくさん取れちゃダメなんですよ、だって販売価値が下がるでしょ」なんてことを平気でぶちかます国賊者の発言がまかり通るのだから、金髪・ブルーアイにはこのアジアの隅っこに生息するスピーシーズ(生き物)を理解できることなどありえないだろう。
そして流通はすでに国産大豆に見切りをつけているのかもしれない。
納豆用北海道産大豆「すずまる」を米国に持っていき、現地で栽培してsuzumaruの名前で輸入して、日本国内で販売することは法的にまったく問題ないことくらい、業界では当たり前だということを消費者はご存じないのかもしれない。
そして私たち30名ほどが行なっているように米国アイオワ州原産のノンGM大豆を長沼で栽培・収穫・販売することが国産大豆100%だと言い切れるのだから、グローバル化の流れが農業の生産の現場にも押し寄せているといってよいだろう。

関連記事

powered by weblio