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北海道馬鈴薯でん粉物語

トラクター営農時代を迎えての馬鈴薯栽培に関する農業機械の開発改良技術 茎葉処理機

トラクター用作業機の国産化は、ボトムプラウ、スパイクツースハローに始まり、総合播種機、ポテトプランター、スプレーヤー、ビートタッパー、ビートリフター、ポテトディガーへと発展し、昭和42年(1967)には待望のビーンハーベスターも開発された。
でん粉原料用ポテトハーベスターやビートハーベスターは若干遅れ、昭和45年(1970)にはなんとか現地で使えるように形を整えてきた。問題点は部品の消耗が激しいことであった。昭和47年(1972)から道立農試の機械科とホクレン農業機械部が提携し、各メーカーのハーベスターの利用実態を調査するとともに、冬期にすべて分解して部品の消耗や破損状態を調査した。
ハーベスターの場合、コンベアとコンベアを駆動するスプロケットが摩耗して破損することが多かったが、これは材質と構造によるものであった。コンベアは特殊鋼を使い、きちんと熱処理をしなければならないものが、特殊鋼の選択を誤っているとか、熱処理が十分でないなどが原因であると判明した。スプロケットは鉄鋳物が使われていたが、回転数や負荷によって適切な大きさに設計しなければならないものが計算を間違っていた。
分解調査は2年にわたり、会場を2カ所に分けて公開で行なった。メーカーの設計担当が自由に出入りできるようにしたので、これが改良に効果的であった。自社ばかりでなく、他社のものも見ることができるので、たとえばあの激しい摩耗はどうして発生するのか、現物を見れば、構造的なものか、材質的なものか判断できる。同じ部位のものであっても、摩耗の少ないものがあれば、それを参考にして速やかに対策できるものである。
部品メーカーも調査に立ち会わせたので、この調査の後には耐久性が飛躍的に向上し、農家からクレームが付けられるようなことはなくなった。昭和50年代(1975)に入ると、ポテトハーベスター(写真1~4)やビートハーベスターは、実用機として存在を認められるようになった。いわゆる成熟期に入ったということであろう。

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