ナビゲーションを飛ばす



記事閲覧

  • このエントリーをはてなブックマークに追加はてな
  • mixiチェック

我が国の米政策はなぜこうなったのか

ウルグアイラウンド合意前後の農政改革と政治情勢


昆 政治的なリアリティを前提にしたものでないと、実現性・実効性のある案にはならないですからね。
針原 そのとおりです。一番大事なのは、ある程度政治的リアリティは想定しますが、政治的にも合理的な思考で判断でき、関係者の納得も得られやすい、内政が緊迫していない平時に進めることですね。
昆 ほかにもウルグアイラウンドが妥結した93年には「平成のコメ騒動」がありました。作況指数74の大不作でタイ米など外国産米の緊急輸入に踏み切りました。これは交渉に影響を与えたんでしょうか。
針原 交渉内容には影響しなかったと思います。ガットの農業交渉は、東京ラウンドまでは包括的関税化交渉だったんですが、ウルグアイラウンドからは新たに国内助成金や輸出補助金の削減が議題となりました。米国とEUが対立した理由は輸出補助金の問題でした。その懸案事項がブレア・ハウス合意で決着し、93年に残っていたのは日米間のコメに関する交渉だけでした。米国大統領とEUの首脳が合意している多角的貿易交渉は、内政事情や政党の都合で内容が変わるようなものではありません。ただし、緊急輸入した量が250tもありましたから、その後の政治過程には影響が出ますよね。
昆 では、55年体制の崩壊が戦後の日本農政、米政策に与えた影響についてはどうでしょう。
針原 大いに影響したと思います。とくに自民党が分裂したことで、関係議員のなかの抵抗勢力を抑えてくれていた総合農政派と呼ばれる良識派の議員の多くがいなくなりました。歴代の総合農政派のリーダーの方々が党内をとりまとめていたからこそ改革が進み、農業団体の無理難題がそのまま通ることもなかったわけです。彼らがいなくなって、それまでの農林関係議員が自民党の幹部になったのが一番痛かったですね。
樫原 以前の自民党では農政に携わるのが総理への近道でした。それゆえに皆こぞって党の農林部会入りを希望するんですけど、なかなか採用してもらえなかった。最近は少し風向きが変わってきましたが、小泉進次郎さんが就任して、かつてないほど注目を集めていますね。
針原 当時の自民党内の議論は本当に厳しいものがあり、議員同士が信念をかけていました。そのなかで改革志向の強い議員がリーダーシップを発揮していたんだと思います。現在、TPP交渉がまとまって各国が国内批推手続きに入っていますが、交渉妥結前に官邸主導で農政改革の基本的な方向がまとまっていたことは極めて重要なことだと思います。仮にこれが逆だったら、違った展開が生じていたでしょう。(つづく)

関連記事

powered by weblio