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我が国の米政策はなぜこうなったのか

ウルグアイラウンド合意前後の農政改革と政治情勢



編集部によるミニ解説

【GATT(ガット)】(※1)

自由貿易を促進するために提唱された、関税および貿易に関する一般協定の略称。1947年10月30日に署名開放された条約に基づき、条約締結国は事実上の国際組織として活動した。日本は55年に加入して以来、交渉に参加。88年には牛肉・かんきつ等の輸入数量制限措置の一部撤廃が決定され、92年には農林水産物の輸入数量制限品目数が12になり、最終的にはコメを除いて乳製品、デンプン等すべての農産物の関税化に加えて、一般関税率の引き下げが行なわれた。ウルグアイラウンドの後、95年に発効したWTO協定に移行し、96年1月1日に消滅した。

【ウルグアイラウンド】(※2)

8回目にして、WTO協定に引き継がれる前、最後のガット多角的貿易交渉。86年9月の開会宣言に始まり、農業、繊維、サービス、知的所有権など15分野で交渉が行なわれた。93年12月に大筋合意、94年4月に最終合意文書に締結されるまでじつに7年半の歳月を要した。
農業交渉では、各国の農業が置かれている自然的、経済的、社会的条件の違いを反映して、主張の隔たりが多く、交渉は難航。とくに輸出補助金などを巡って米国とEUが対立した。91年12月に提示された最終合意文書案の主な内容は、(1)すべての非関税措置を関税に転換(包括的関税化)し、一般関税とともに削減すること、(2)国内支持のうち一定の政策を除き削減すること、(3)輸出補助金は財政支出と対象数量の両面で削減することだった。この提案に対しても対立は続き、停滞を経て92年11月に米国とEUはブレア・ハウス合意に至る。93年7月に日本・カナダを含む4国間での市場アクセスに関する合意を経て、同年末までに終結することとなった。日本は包括的関税化に反対する基本的立場をとっていたが、最後はギリギリの決断として調整案を受け入れたと農林水産省は総括している。

【ウルグアイラウンド関連対策】(※3)

ウルグアイラウンドの農業分野での合意を受けて、国内では内閣に「緊急農業農村対策本部」が、農林水産省に「ウルグァイ・ラウンド関連国内対策本部」が設置された。農水省は国内農業への影響緩和を目的に平成6年度の補正予算から13年度の補正予算まで8年間で総額6兆100億円の事業費を盛り込み、国費2兆6700億円を投じた。対策事業費の内訳は農業農村整備事業(公共)が53%を占め、農業構造改善事業等に20%、土地改良負担金対策に4%、施設整備等に対する融資事業に14%、品目別の需給調整対策、価格安定対策等に3%がそれぞれ充てられた。

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