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新・農業経営者ルポ

顧客に必要とされ環境も守る道探す

 2000年から始めた授業だが、子供たちは楽しんでおり、学校も意義が大きいと考えている。横山教諭は、「子供たちは本当に楽しみにしています。この先も是非草野さんにお願いして、できるだけ長く続けたい」と乗り気だ。

 草野も、「学校以外でも子供たちに会うと声をかけてくれ、自然に水田の話になる」と楽しんでいる。その脳裏には、「自分が子供の頃、水田や小川にメダカ、タナゴ、シジミがたくさんいて、アユが用水にまで上がって来ていた」様子が去来している。あの世界を子供たちに取り戻したい、というのが草野の考えだ。

 それが高じて、時に「農薬使わんで、収量が少なくてもしゃあない」と、あきらめとも甘えともつかぬ気持ちが起きたこともあった。実際、ここ数年は収量が落ちている。しかし、今はそれは違うと思っている。「コシヒカリを10俵取る人もいるのだから、できないことはないはず。現状に甘んじていないで、有機無農薬でもコンスタントに8俵取れる経営が今の目標」だ。

 落ち込んでいた時期から、今そうして勇気を奮い立たせているのには理由がある。2004年、にわかに一般消費者の顧客が増えたのだ。

 消費者への直売は、子供の独立など顧客のライフステージの変化で、年々漸減する傾向があった。ところが今年、「ある教育関係の機関誌に自分の農業のレポートを寄稿したところ、その読者から連日のように注文が入って来た」。新規で80人以上の顧客が増え、暮れになっても発送作業に追われることとなったのだ。

「理解してくれる人がいてくれる。それがわかった」――コメが売れるそのこと自体にも増して、自分を必要としてくれる人々との出会いに、強く勇気づけられた年だった。


肉牛肥育を120頭まで拡大 顧客に直に接する重要さを知る

 実家はもともと自作地10aの兼業農家。草野にしてみれば「トラクタの扱い方も誰にも教われなかった」と言うように、ほとんど新規就農で専業農家になったようなものだ。

 スタートは稲作ではない。

 工業高校の機械科を卒業した草野が、最初に農業への興味を示したのは、肉牛の肥育だった。「当時、ホルスの雄の仔牛を買って450kgまで肥育して売るというのがはやり出していた。中学の同級生が『俺はやる。お前もやれ』と誘ってくれて、自分でも面白そうだと思った」。

 実際に肥育の事業を始めたのは、地元企業に就職して2年目のことだった。公的資金250万円を借りて畜舎を建て、2頭のホルスを買った。4頭まではまだ会社に勤めていたが、その後畜産に専念した。

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