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主位的請求は「農地に含まれる原発事故由来の放射性物質を全て除去しろ」というものだ。予備的請求は「農地に含まれるセシウム137の濃度を50ベクレル/kgまで低減させろ」というものだ。
対する東京電力の主張は、福島第一原発由来の放射性物質は分けられない、除去の具体的な方法が特定されていないので実現不可能というものだった。
「原状回復」の「原状」を示すため、約300万円をかけて土壌の物性を調査したり、除去の方法を提案したりもした。その結果が大量の書類に現れている。
「私は農業者ですから、農業に必要な土の物性はわかりますが、放射性物質のことはわかりません。わからないものを抱えたまま、将来の経営は考えられません。私はただ、元どおりの農地を取り戻したいのです」
【大玉村に農地を持つ専業農家としての葛藤】
訴訟を起こしたとき、鈴木氏が周囲から言われた言葉がある。
「そんなことをしたら、いつまで経っても福島の風評被害はなくならない」
誤解してほしくないのは、福島県のなかには、避難指定区域もあれば、本当の風評被害もあるということだ。福島県には大きく分けると3つの地方がある。太平洋側の浜通り地方、新幹線などが通る真ん中のエリアの中通り地方、新潟県寄りの会津地方である。鈴木氏の圃場は中通りにある。浜通り地方や中通り地方のなかでも地形によって、放射線量が多いエリアと少ないエリアがある。
鈴木氏は、避難指示区域外だが、中通りのなかでも比較的放射線量が多いとされる地域に農地がある。
「みんな一人ひとり、事情は違うんです」
他の人たちを気遣い、鈴木氏はそう前置きする。意外にも鈴木氏と同じような条件下で、コメの専業農家で六次産業に取り組む人は少ないのだという。
想像するに、これまでどんなに自分の不運を憂い、どんなに誰かを恨み、どんなに逃げたかっただろう。何を目指し、訴訟で何を訴えるのかを自分のなかで整理するまで、さまざまな葛藤があったという。
そもそも選択肢はなかった。借金があり、避難指定区域外には賠償金もない。この地を離れ、他の土地で農業をやることなど考えられない。それがかえって鈴木氏の腹を決めさせた。
初めのうちは誰かに相談しようと、あちこちの組織の戸を叩いた。
「初めてのことだから、誰もどう対応していいのかわからなかったのでしょう」
思うような答えは返ってこなかった。担当者に相談すると時間がかかる。上の人に相談すると担当者の立場がなくなる。組織のなかのそれぞれの立場を理解するようになってからは、迷惑をかけるのも悪いと思い、相談するのをやめた。
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