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亜麻物語

大麻から亜麻へ


亜麻工場は亜麻に限らず、北海道農業の技術発展に大きく貢献していると言える。
工場の配合肥料の開発は、今日の化成肥料の基礎になっている。不特定多数の農家が、配合肥料を使うことによって、安定的に収量増となり、それが高品質にも結び付いている。これが大正時代から行なわれていることは、大きな驚きである。
第二次大戦後、我が国に除草剤が導入された。雑草を死滅させる薬剤が、作物の生育に影響がないわけはないであろうと、多くの農家が疑心暗鬼であった。亜麻栽培では除草が大きな負担であったという理由はあろうが、亜麻工場が組織的に試験をして、除草剤の有用性を立証したのは大きな功績である。
第二次大戦後、化学合成繊維が発達し、一般化してしまったことによって、1968(昭和43)年に亜麻工場は撤退を余儀なくされる。しかし、亜麻工場が北海道農業の技術発展に貢献したことは、紛れもない事実である。
栽培をやめてから50年近くなると、亜麻工場の存在を知っている人が少なくなってきている。ここでは、技術面から考察を加えて功績を称え、亜麻工場の存在を改めて世に問いたいと考えている。

[1]亜麻栽培の歴史

【古代文明とともに】
人類が最初に身に付けた衣服はと言えば、動物の毛皮を剥いだものをったようである。あるいは、長い植物の茎を束ねた蓑のようなものであったかもしれない。どちらかと言えば、毛皮の方が丈夫で身体に合わせやすい毛皮の方が多く用いられたと考えられる。
文明の発祥の地はチグリス・ユーフラテス河の流域のメソポタミア(現在のイラク・イラン)辺りか、ナイル河流域のエジプトである。どちらも沖積土で土地は肥沃で小麦や野菜が収穫できた。安定して食糧が確保できれば、生活に余裕ができ、文字が生み出される。いろんな技術が開発され、生活が豊かになる。メソポタミアもエジプトも暑い国であれば、通気性の悪い毛皮に代わる衣服を求めるようになるであろう。
動物と人間の違いは、人間が学習できる能力を持っていることにあると言われている。繊維植物に着目し、繊維を取り出し、糸を紡いで布を織る技術を身に付ける。大麻や亜麻が栽培されるようになるが、これはどちらが早く利用されるようになったかよりも、同時期にどちらが多く使われたかであろう。大麻は草丈が高く、栽培しやすく茎の収量も多いが、繊維の質では亜麻に劣るとすれば、当時から用途に応じ、使い分けたものと思われる。糸を紡ぐ技術が発達すれば、毛織物も開発されたに違いないが、衣服よりも絨毯(じゅうたん)などの生活用具に当てられたと考えられる。

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