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農業は先進国型産業になった!

さつまいもは成長産業になる(2)(株)照沼勝一商店(茨城県東海村)


健康志向が高まる中で、さつまいもはビタミンやミネラル、食物繊維をバランスよく豊富に含む機能性食品であることが評価されて(さつまいもは穀物と野菜の両方のメリットを持つ準完全栄養食品)、需要が増え始めている。抗酸化作用や生活習慣病予防効果があるポリフェノール類も含み、機能性が高く評価されている。
食用の中でも、食品加工用(焼き芋用や干し芋用)が伸びている。特に焼き芋はブームだ。本誌前号拙稿で明らかにしたように、スーパー店舗内での焼き芋販売というビジネスモデルの採用が成長要因だ。美味しい新品種の出現や、品種別リレー出荷の効果も大きい。こうしたイノベーションが焼き芋ブームの背景だ。さつまいもは、野菜からスイーツに化けた。

(2) 2代目の創業目指す
―顧客志向、
品質重視のため規模拡大―

干し芋は茨城県が全国シェア約9割を占める。ひたちなか市・東海村・那珂市が主産地である。水はけがよく肥沃な黒ボク土はさつまいもの生育に適し、太平洋の潮風・冬期の長い晴天という風土が、干し芋生産の比較優位をもたらしている。東海村の国道245号を走ると、両脇は甘藷畑が続く。東側(海側)の芋のほうが美味しいという。海が大しけした翌年は特に美味しい。潮風の効果であろう。この日本一の産地で、東海村の(株)照沼勝一商店(照沼勝浩社長)はリーダー的存在である。
照沼家は200年以上も前から当地で続く農家であるが、飛躍したのは先代の勝一氏のときである。それまで普通の農家であったが、勝一氏は流通業に進出した(50年代後半)。農家からさつまいもやスイカを購入して市場に持ち込み、利ザヤを稼ぐ相場師として成功した。また、80年代終わり頃からは、干し芋を市場を通さず大手量販店と直接取引を始めた。業界の先陣を切った動きであり、先代・勝一氏は「イノベーター」だったといえよう。
会社の名前は「照沼勝一商店」である。父の名前のままである。変えないのかと質問すると、「父を超えるまではこのまま残す」(勝浩氏)という。父の時代は年商10億円まで行った。2代目は何を付け加えて次世代に引き継ぐのか。
現当主の勝浩氏(1962年生)は独自路線を模索した。先代は「量」を多く扱うことで利益を上げることを重視した。これに対し、後継者(2代目)であるが創業者たらんと目指す勝浩氏は、相場に頼った経営から脱却し、「品質」で評価を受ける経営を目指している。日本経済がゼロ成長の時代になり、高値が続くと消費者離れが進み、また価格の安い輸入品に流れるようになってきたため、製品差別化するしか道はないからだ。

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