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農業は先進国型産業になった!

さつまいもは成長産業になる(2)(株)照沼勝一商店(茨城県東海村)


現在、照沼勝一商店は、50haの直営農場、干し芋加工、仲買人(農家からの購入・転売)を営んでいる。農家からの購入は、生芋350t、干し芋100t(生芋換算400~500t)である。直営農場と合わせて、原料さつまいも約1500tを加工する経営規模である。農地はほとんど借地である(借地料は無料)。父の代に40haまで集積した。
東海村は原子力の村で、原子力設備のお陰で村に多額の金が落ちる。さらに、近隣に日立製作所等の雇用の場が多く、農家のサラリーマン化が進んだ。99年のJCO臨界事故の頃から離農が加速し、農地を預ける人が一段と増えた。土地の流動化、農地集積の背景には「東海村」がある。
照沼勝一商店が自社農場の規模拡大を図ったのは、地域のさつまいもの生産基盤が弱体化してきたからだ。照沼勝一商店は仲買ビジネスであるが、地域でやる気のある農家は自分たちで直売し、一方、同社に芋を買ってくれという農家は高齢化や意欲の低い農家で、品質が低下している。「食べ物として、責任を持てる商品」の供給を目指す以上、品質の良い芋を供給するため、自社農場の拡大は当然の成り行きであった。顧客志向、品質重視を貫くためには、規模拡大が不可欠だったのである。
農場の規模拡大は外国人労働力に依存している。現在、外国人研修生は13人いる(インドネシア、ベトナム、バングラデシュ)。借地+外国人労働力である。2000年代日本農業の必勝パターンである。

(3) 分析に凝る男

「東海村」は、規模拡大への影響だけではなく、もう一つ「風評被害」というマイナスももたらした。1997年の動燃再処理工場の爆発事故、99年のJCO臨界事故と放射能漏れが続けて発生し、地域ブランドに傷がついた。
東海村は地域に放射能施設(放射能廃棄物)が多数集積しており、「核のゴミ」と揶揄されている。風評被害は絶えない。放射能汚染がないことを、証拠を示して証明しなければ、干し芋ビジネスは出来ない。この風評被害との闘いが、照沼氏を「品質管理」に駆り立てている。「東海村」が照沼氏の原体験になっている。
安全・安心な食べ物であることを証明することが、照沼氏の経営成立の大前提である。隠すことでは“風評被害”を避けることはできない。隠せば隠すほどお客さんの不安と不信を呼ぶことになる。照沼氏は安全・安心できることのエビデンスを明らかにすることで風評被害を乗り越えようとしている。正面突破の取り組みである。顧客に責任を持つ商品づくりの上で、非常に大切な精神と思われる。

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