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特集

我らにとっての「土を考える会」


チャレンジ精神と夢を
育んだ日の出会いから19年

司会(穐吉忠彦) 本日お集まりいただいているのは「土を考える会」の長老格の会員である「積年会」の会員に加えて、いわば現役組の「青年会」を代表して現在の「北海道土を考える会」の会長である小野寺俊幸さんです。天候異変のために一部の方が欠席となりましたが、創立当初のメンバーの中から各支部を代表してお集まりいただきました。皆さんの人柄やリーダーシップ、そして皆さんの経営が刺激剤となって会員を勇気付けてきたとも思えます。また、村井先生は、側面からというより真正面から土を考える会を育ててきて下さった方です。
まずは発足当時から今日まで中心になって活躍してこられた皆様に、昭和53年こんなことからはじまったという思い出話から入っていただきたいと思います。

【他人の話で、自分の現在を確かめたかった当時の我ら】

勝部征矢 土を考える会の発足の5年くらい前から、年に1、2回、宮北健一郎(広島町・前会長)さんだとか、江別の中島邦彦さんなどの集まりがあった。北海フォードトラクタ(現日本ニューホランド)の当時の社長の息子さんの発案で札幌圏を中心にした、どちらかと言えば地域色のあるものだった。フォードユーザーの集まりから始まったのではなかったかと思う。
そこに来ていた人たちは、当時としては風変わりというか、標準からかなりかけ離れた経営だったわけですから、白分たちがやっていること、考えていることが、これでよいのかという不安もあったのです。それを皆と会って自分の考え方を確認する場所だったわけですね。それでまた家に帰って頑張る。
そこにスガノの中山豊一君(現同社常務取締役)が参加するようになって、札幌地区だけでなく全道的な集会にしていったらどうかといった発想で「土を考える会」がスタートしたような気がする。

【参加者たちのゴツイ経営内容に驚きファイトを燃やした日々】

司会 53年の設立総会の時の皆さんの熱気はすごいもので、集まりをここで解散しちゃ駄目だ、各地域の役員を決めていこうという具合になっていったと思います。同時に、当時50歳で年齢の高い方だった石川さんが、奴らに負けるものかと意気込んで帰りのバスの中で次の仕事を考えていた、という話を後で伺ったことがありましたが、石川さんはどうですか。そんな出会いを各地域に持ち帰ることで発展していったようにも思うのですが。
石川武 実は53年の時、スガノの美幌営業所の所長から集会に誘われたんですね。土の会を作るとか作らないとかの話はなかった。ただ、全道から27人の人に集まってもらって、土作りという一つの問題を話し合うがどうだろうかという話だった。その時ただスガノのプラウの実演をするだけなら俺は御免こうむるからなと言ったら、絶対そういうことはないというので行ってみたんです。網走地区というか道東からは私を含めて4人だった。

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