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特集

我らにとっての「土を考える会」


そしてその次の5年くらいが成熟期ですね。「農業変貌」とか「勝負元年」「百姓一揆」とかのテーマでね。しかし、この辺から参加人数が少なくなってきて、夫婦仲じゃないけど倦怠期に入る(笑)。最初に創設に参加された方々が、家督を息子にゆずるような時代にもなって、時代の交代とかも感じられるようになる。これではいけないという議論もされるようになって、それで16回あたりで役員を交代して世代交代をしようという話になった。先輩たちの「積年会」と若い人たちの「青年会」という組織にしたのもこの時ですね。それがいわば転換期に入った時代ですね。それに第16回からは、事業の運営がよりオフィシャルになりましたね。これだけ大きな幅広い機械展示会をやっていて、事業名と団体名が同じなのはおかしいという議論はそれまでもあったわけです。名前ももう少し世間に認知されるようなものにしようということで、イベント名は「北海道農業機械フェアin Kamifurano」と変えていった。それで現在に至るわけです。
小野寺さんが会長になって、いい意味で体質改善が図られて今に至ります。昨年あたりから女性・家族参加という色合いも強くなってきていますしね、婦人フォーラムや即売会などもやってだいぶ様変わりしているかなって気がします。最近の若い人は家族を大切にしますが、大変いいことだと思うのです。今まで親父が悲壮な覚悟でやっていたのを、今度は家族ぐるみでより良い内容に考えていく、そんな時代になってきていると思います。
農業は作れば売れるという時代は終わり、どうやって売れるものを作り、また売るかという質的な転換期にきている。農業もこの会も規模の拡大と質的な転換という難しい時期にきているんじゃないかと思うんです。創生期のメンバーたちが、それぞれの地域で頑張って支部を作り、刺激しあって大きく発展したように、今この転換期も乗り越えていくのでしょう。

【幅広く開かれた組織 社会的認知を得た事業「土を考える会」】

司会 北海道農業機械工業会との関係を話していただけませんか。
村井 工業会との関係は、私の前の専務理事が土を考える会に参加して、
「すごく熱心な同志交歓会をやっている」と感動して、機械化の研さんを深めるのにこんな素晴らしい団体はないということで、会を後援することを理事会にかけたわけですね。そうしたら案の定、あれはスガノの会じゃないか、なんで特定の会社の事業を後援するんだという話になったそうです。だけど、スガノが応援しているかもしれないけど、土を考える会が役員を構成してやっているのでスガノではない。「だから後援すべきだ!」といって決めたらしいです。私はその後をついで平成元年に専務になったのですが、私の代になったら主催団体に入ってしまった(笑)。

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