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農業は先進国型産業になった!

ブランド化で生き残る中山間地帯―奥久慈しゃも生産組合―(茨城県大子町)

ブランド化し、高付加価値を実現して、中山間地域でサバイバルしているのが奥久慈しゃも(養鶏)の生産者たちである。旨さと営業戦略で高価格を実現、ミシュランガイド焼き鳥屋で使われ、ブランド化した。ブロイラーの5倍の高価格だ。品種改良とブランディング戦略の成果である。 飼育体制(働き方改革)に知恵を絞り、生産基盤の強化を図っている。地理的表示GI取得も効果を発揮しそうだ。条件不利地域の生き残り策の見本である。

【1 全国地鶏マップ】

「地鶏」というと、うまそうな響きがある。高い、旨い、安全、ヘルシー……のイメージがあり、魅かれる。大量生産の若鶏(ブロイラー)との違いだ。
日本の鶏肉生産は処理羽数7.7億羽、201万tである(2016年、食鳥流通統計)。うちブロイラーが6.7億羽、廃鶏8000万羽、地鶏はわずか800万羽である(注、ここでの地鶏とは、ふ化後3ヵ月齢以上の「その他肉用鶏」をいう)。地鶏は、産肉能力は低いものの、その食味の良さから、高級な鶏肉と評価されている。食料供給という意味では極めて小さな存在だが、食生活や特定地域の農業生産という観点からは重要な役割を果たしている。
日本の養鶏(肉用鶏)は、もともとは地鶏だった。はるか昔に、インド、中国から朝鮮半島を経て渡来したものだ(日本全国に広がった赤色野鶏が各地で独自に改良されたのが地鶏の始まりである)。しかし、高度経済成長期に肉類の消費需要が急増し、1960年代に入ってブロイラーが米国から導入された。
ところが、80年代になると経済的に豊かになった人たちは当時のブロイラーに満足せず、昔の鶏肉(かしわ肉)の味を求めるようになり、全国各地で肉の味を求めた育種が開始され、90年代に地鶏の飼育が急増した。地鶏は90年の処理量は376万羽だったが、2000年には800万羽に増加し、その後は景気低迷の影響から800万~900万羽で推移している(図1参照)。

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