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実践講座:したたかな農業を目指す会計学 続・入るを計り出を制す!

経営の寿命を延ばす策を探す

なぜ日本の企業は長寿命?

日本には世界的にも長寿企業が多いといわれている。創業100年以上の会社は約2万社、このうち200年以上の歴史を持つ会社は1500社を超えるという。そして、なんと1000年超が7社あることに驚きを隠せない。
なかでも世界最古の企業は日本にあり、飛鳥時代(西暦578年)に創業した(株)金剛組である。建設業のなかでも社寺建築の設計・施工・文化財建造物の復元、修理等を得意とする企業とのことで、創業1400年という歴史の長さにも合点がいく。創業者は聖徳太子の肝いりで大阪の四天王寺を建立するために、お隣の百済(朝鮮半島の王朝)から招かれた宮大工の1人である金剛重光である。創業家は江戸時代に至るまで、四天王寺お抱えの宮大工で、その後も代々経営を支えてきたとされ、世界最古の企業としての誇りを守ってきた。39代目に後継者がなく、現在は事実上の経営権は金剛家を離れ、大手ゼネコンの高松建設の出資を受けているようだ。グループ企業として、伝承されてきた宮大工の匠の技で社寺建設部門を担っている。
四天王寺と言えば、その近くの神社で没した、真田信繁(幸村)を連想する。歴史好きの性から、そのゆかりを調べてみた。
聖徳太子が蘇我氏と物部氏との戦の際に、蘇我氏の戦勝祈願として木を削って四天王をつくり、勝利した暁には仏塔と仏法を広めると誓ったというエピソードはご存知の方もおられよう。この祈願の甲斐あってか、蘇我氏は勝利し、聖徳太子と蘇我馬子は後の日本初の女帝、推古天皇の補佐役として、政治を執り行なうこととなる。聖徳太子は、四天王にすがったときの誓いをキチンと守り、当時優れていたとされる建築技師を百済から3人招聘し、四天王寺の建立を進めていく。その1人が金剛氏で、初代金剛組の代表となって四天王寺など寺社や仏閣を建築するプロフェッショナルとして、日本に定住したそうだ。

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