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新・農業経営者ルポ

農山漁村に根を張り、地域協同組合を引っ張るリーダー


「40年前に生まれた産直産地も、農事組合法人も作った。農産物もそこそこ売れ出したというところで満足して収まって伸び悩んだり衰退するところが多い。無茶々園の場合は、新しい目標を持って次の世代のために種をまいてきたのが大きかった」
90年代末には新規就農者の受け入れにも乗り出した。「ファーマーズユニオン天歩塾」を設立し、旧明浜町を飛び出して愛媛の最南端の愛南町に甘夏の園地を取得して生産を始めた。無茶々園の方針に共感する若者が自然と全国から集まってきており、いまでは愛媛県内に約25 ha、スタッフ10人ほどの規模に拡大している。柑橘に加え、有機野菜の生産・加工品の販売も手がけており、事業は黒字化し始めている。
「福祉事業を除くとうちの職員は8割が県外から来ている。地元の人ばっかり住んでいても、地域はいつまで経っても活性化しない。活性化するためには人を入れ替えて交流するのも大事だから、あえて入れてきたところもある」

ゆりかごから墓場まで

2009年には福祉の取り組みがスタートする。これはもともと介護保険制度が00年に導入されるのを前に、95年に介護まで自分たちでできる仕組みを作りたいとヘルパー講座を始めたころから実現を目指してきたものだった。
ところが、ヘルパーの養成は進んでも、農家のお母さんたちは忙しいこともあって、事業がなかなか立ち上がらなかった。「なんとかやろうよ」という大津らの説得もあって、09年、週1回、地域の高齢者に弁当を届ける配食事業がスタートした。13年になって、他地域で福祉事業に携わっていた同級生から「お金儲けの福祉はどこもやっている。そうではなく、本物の福祉をやりたい」と相談を受け、「なら一緒にしよう」と意気投合して福祉事業所立ち上げのための(株)百姓一輝(ひゃくしょういっき)を設立。14年と15年に立て続けに2カ所の老人ホーム・デイサービス施設をオープンさせた。
「だいたい百姓一揆は平定されるやろ。やけど、我々は平定されないという意味と、100歳まで笑いながら輝いているような人生の完成期を迎えられる福祉施設にしたいという意味を込めて名前を付けた。最初は名前が嫌がられたけどね」
大津はこう言って苦笑する。多くの農家は年金に関して国民年金しか入っていないため、月の年金の受給額は6万円程度。年金プラスアルファで入れる施設にしたいと、1カ月の入居料は10万~12万円程度と、ほかの福祉施設の相場より数万円安い価格に抑え、地域の人が安心して老後を迎えられるようにしているのだ。

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