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新・農業経営者ルポ

地域を活性化し、人口減少に歯止めをかけた集落営農法人


取材で訪れた日はパン&米夢の定休日だった。調理室にいる女性メンバーの中には翌日から店頭に立つ人もいる。皆さん忙しそうに、でも楽しそうに調理をしている様子を見て、地域住民の中から何かをやりたいという声が自発的に出てきて、それを地域全体で後押しするという小田地区の地域の回し方の一部が垣間見えた気がした。

地域拠点の統廃合を機に小さな役場設立

小田地区は昭和25(1950)年に約1500人いた人口が、今では213戸約600人で高齢化率は49.2%。明治22(1889)年までは小田村という独立した行政区だったが、その後合併を繰り返し、平成の大合併を機に地域のよりどころとなっている小学校、保育所、診療所の統廃合の話が出ていた。
小学校がなくなると、地域は灯が消えたようになってしまうのではないか。地域の灯が消えないようにするにはどうしたらいいか。危機感を持った地元の有志から、広島県農業会議にいた吉弘に声がかかった。
吉弘ら6人ほどのメンバーは地域住民が新たに自治組織を作った先進地を見て回り、小学校を地域住民が使える施設に改造し、「小さな役場」を置くことにした。総務企画部、農村振興部、文化教育部……といった具合に、まるで役場のような機構を持ち、地域の課題に臨機応変に対応しようというものだった。「私は、組織を作るということは今までの経験からよく知っていますから、組織づくりに関していろいろと助言しました」と吉弘は当時を振り返る。
吉弘は副会長に就任し、農村振興部の部長を務めることになった。農村振興部長の立場から地域の農業を見たときに、このままではいけないと思ったところから、第二の組織づくりが始まる。
当時、小田地区でも過疎高齢化と農業の担い手不足、遊休農地の増加が深刻になりつつあった。加えて米価の下落で、当時、農業による赤字は1戸当たり平均で年45万円に達していた。地域住民は将来をどう考えているのか。正確に把握したいという思いから、2004年にアンケート調査をした。

「10年後農業続けられない」6割強の衝撃

その結果は驚くべきものだった。「5年後には農業を続けることができない」という回答が42%、「10年後には農業を続けることができない」が64%に達した。
「6割が農業ができないという状況になったら、荒廃地が増大し、集落の崩壊に向かいます。これはもう大変なことですよ」

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