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特集

追悼 松尾 雅彦


このとき目に焼き付けた光景を日本流に再現したい、という想いが、スマート・テロワール構想の原点でもあります。松尾氏はその実現困難な目標や夢を40年以上追求してきて、ポテトチップス事業は今や1000億円規模に拡大しています。二度の訪米からすべてが始まっているんです。

【農工一体の先駆者としてジャガイモ産業の礎を築く】

昆 ただ、訪米から戻った松尾氏が販売担当となったカルビーポテトチップスの売れ行きは当初、苦戦したそうですね。
山下 鳴り物入りの商品だったのに問屋からの追加注文はないわ、東京のお店には置いてないわ、あっても棚の奥でほこりをかぶっているような状態だったようです。
浅川 まず取り組んだのは営業方針の大転換ですよね。新商品のポテトチップスを棚に置いてもらっても、売れずに放置しておくとどんどん鮮度や風味が落ちてしまう。しかも、それ以前の問題として製造年月日が袋に明記されていなかった。消費者はいつ作ったかわからない商品を買おうとは思わない。
では、どうするか。そこで思い出したのが、第一次訪米ショックで学んだ鮮度戦略だったんでしょうね。松尾氏が毎日、売れた量だけ生産して在庫は極力抱えない、さらに商品に製造年月日と賞味期限を明記するようにしたんです。そのうえで、新じゃがシーズンに合わせた1976年6月からの販売では、営業の主な仕事を「製造年月日の古い商品を回収すること」に改めさせました。
昆 女優の藤谷美和子さんを起用した「100円で『カルビーポテトチップス』は買えますが、ポテトチップスで100円は買えません。あしからず」というキャッチコピーのCMも当たって、ヒット商品になるわけですね。3年目の売り上げは年間200億円弱を記録し、商品の賞味期限も当初の製造後1年からスタートして、半年、最終的には1カ月後に短縮されました。結果が出たとはいえ、「消費者起点」のマーケティングや流通改革という松尾氏の考え方、米国で見聞きした大元にある思想は社内で理解されていたのでしょうか。
山下 私は青果卸の商売をしていたので消費者起点という考え方は理解できましたが、営業マンをはじめ社内の多くは理解できていなかったと思います。
昆 にもかかわらず、松尾氏は同時並行的に産地の改革にも乗り出しました。商品の鮮度(パリっとした歯ごたえとジャガイモの風味)というのは、結局のところ原料であるジャガイモの鮮度に行き着くし、産地がメーカーの基準を満たす良品を高い割合で納入してくれれば、製造のロスも減らせ、お互いの利益になって事業が発展するからです。まさに産地と加工業の農工一体で地域にジャガイモ産業を興そうとしたわけです。そしてカルビーは通年で商品を供給できるよう鹿児島から北海道までの各産地で農工一体を実現しようとしました。

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