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この名誉教授は北海道大学に進むときに“食べる”ことに関与できる農学部に入った。アルバイトの家庭教師で教えた後に出る紅茶とケーキの味が忘れられない、と語っていた。この名誉教授は常日頃から“貧困からは何も学ぶ物はない! 決して食料を切らしてはいけない”とどめは“都会育ちの農学部教授には理解できないんだよ”と言っていた。
今と違い、なんらかの条件と歯車が合わないと“富の再配分”は出来ないことを日本は経験していることを忘れてはいけない。組み換え由来の飼料を食べさせ、牛乳、バター、チーズなどの乳製品は北海道の特産ですよね。食用油のほとんど、ビール、第2のビール、業務用醤油、ビタミンCはレモンの4倍のビタミンCを含有するレンコンから作っているのか? しっかり毎日、毎食食べていながら、組み換え反対? あんた、前頭葉もしくは大脳の一部が異常だと気づいていないんだね。
経済評論家 西部邁さん
こんな方もいる。1月に亡くなった経済評論家で北海道出身の西部邁(にしべすすむ)さんは長沼町にもゆかりが深い方だ。彼の生涯を描いたものをネットで探した。そこには西部さんが中学のときのことが書かれてあった。
兄と私は、しばしば、弁当を持たずに通学していた。(中略)
在校生1500人という大きな中学校であったが、昼休みの弁当時間、屋内運動場に出てくるのが兄と私だけということも何度かあった。私がこちらの入口あたりからバスケットボールを蹴ると、向こうの入口あたりから兄がそれを蹴り返す。
お互いに一言も発せずに、30分後、それぞれ教室に戻るわけだ(「寓喩としての人生」徳間書店 1998年)
ユーチューブで“西部、北海道”と検索していただきたい。その2分59秒の動画の中に北海道の本音がある。「小学校、中学校、高校には、はっきりいってロクな奴がいなかった。学校の先生もロクな奴がいなかった。隣近所にもロクな奴がいなかった」
ほぅ、まったくどこかの誰かと同じことを言うものだと思った。お会いしたことはないが、貴重なご意見番が亡くなったことは国家の損失である。もしお近くにお寄りの際はご先祖のご実家の長沼町・本行寺でお線香をあげてください。
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宮井能雅 ミヤイヨシマサ
西南農場
代表取締役
1958年3月、北海道長沼町生まれ。現在、同地で水田110haに麦50ha、大豆60haを作付けする。大学を1カ月で中退後、農業を継ぐ。子供時代から米国の農業に憧れ、後年、オーストラリアや米国での農業体験を通して、その思いをさらに強めていく。機械施設のほとんどは、米国のジョンディア代理店から直接購入。また、遺伝子組み換え大豆の栽培を自ら明かしたことで、反対派の批判の対象になっている。年商約1億円。
北海道長沼発ヒール宮井の憎まれ口通信
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