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農業は先進国型産業になった!

外国人実習生の現地ルポ 実態と課題と展望 第1回 3・11の時も中国人実習生は帰国しなかった 東日本営農事業協同組合

2011年3・11大震災の時、中国人農業実習生は一斉に帰国した。しかし、ある監理団体が扱う技能実習生は一人も帰国しなかった。なぜか? 国際労働市場では出稼ぎ労働者の受入れ競争が厳しくなっていくが、そういう労働力の争奪戦の中でサバイバルしていく秘訣は何かを探りたい。

1 震災直後に、コメ15 kg、肉15kg届ける

3・11直後、中国人実習生が消えた。放射能汚染災害を恐れた中国大使館が引き上げを勧めたからだ。一斉帰国された雇い主・農業経営者は困り果てたものである。それを契機に、東日本では技能実習生はベトナム人にシフトした。
しかし、実習生監理団体H組合(後述)は当時60名の中国人実習生がいたが、一人も帰国しなかった。なぜか? 実習生への思いやりがあったからだ。H組合の技能実習担当・末吉昭雄氏(1949年生)は普段から、「実習生が一番落ち着くのは腹が満ちた時」と思っていた。大震災の発生で皆の気持ちが不安定になっていることを察し、彼らに食料を届けることを考えた。
直ちに、1人当たりコメ15kg、肉15kg(豚小間)を、傘下の実習生170人全員に配った。そのあと、ニンジンやダイコンも届けた。あの2週間は、それを配るだけだったようだ。
こうした思いやりに対し、実習生も「日本人が困っているのに、自分たちが帰るのは恥ずかしい」と言ってくれたという。震災直後、周辺の中国人は一斉に帰国したが、H組合傘下の60人は結局、帰国者ゼロだった。
末吉氏の会社は以前から、実習生向けに現地の食材を取り寄せる「食材サービス」も行なっていた(技能実習生斡旋+食材供給サービス)。「3年間、帰国しないで異国の地で働いていると、郷愁から、現地のものを食べたいと思うだろう」(末吉氏)と考えたからである。“現地食材の取り寄せ”サービスは、H組合だけのことらしい。ほかの監理団体はこんな面倒なことまでやらない。
現地食材だけでなく、肉のカタログ、ソースのカタログと、コメから肉までラインメールで注文を受け、すぐ届ける。また、東南アジアの人たちは内臓関係が好きと分かり(例えば鶏もみじなど)、それも調達した。卵も、実習生受け入れ農家に養鶏農家がいるので組み合わせた。市販より安く提供した。
書類上の管理だけではなく、実習生の気持ちを考えた食材サービスなどを通して、彼らとのコミュニケーションに努めていた。その実績に加え、震災直後のコメ15kg、肉15kgだったので、中国人は一人も帰国しなかったのである。温かい、思いやりのある扱いが背景にあった。

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