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実践講座:したたかな農業を目指す会計学 続・入るを計り出を制す!

農村社会と集落の話(1)取り巻く環境の変遷と住み心地から考える



農村は変貌を遂げたのに課題ばかりが注目される

物事を考えるときに、私は歴史を振り返ることにしている。農村社会の現状や課題を考える前に、近代における変貌を整理しておく。まず見ていただきたいのは、農業総産出額の推移(図1)である。戦後に順調に成長し、1977年に10兆円を突破した。84年に11兆7171億円という最高額を記録したものの、近年は8兆円台で落ち着いている。
もう少し詳しく見てみよう。95年から2015年までの農業総産出額の部門別構成比を10年おきに図2に示した。55年にはコメが52%と半分を超え、麦類と雑穀、豆類、いも類を合わせると約4分の3を占めていた。ところが、その割合は徐々に減少し、直近の15年のデータでは、コメが17%、麦類等を合わせても21%にしかならない。この間に大きく成長したのは野菜と畜産である。産業構造の変化が一目瞭然であろう。
この図を眺めながら、歴史的な事象や時代背景をおさらいすることにしよう。戦後から60年代までの農村は混乱期といっていいだろう。農地改革により農家は民主化のもと小農多数になった。一方、国はコメを中心とした食糧増産を強力に推進した。農村に賑わいはあったが、とにかく貧しく、物材は乏しかった。日本経済は朝鮮特需に始まり、いざなぎ景気を迎え、都会はもはや戦後ではないといわれるようになり、農村とのギャップが最も大きい時代だったといえる。
70年代に入ると農村に機械化の波が押し寄せる。都市のほうが稼げると、農村から働く場所を求めて太平洋ベルトや首都圏に人が流出したことも農業機械の開発と普及を後押しした。都市は過密で、ビルと開発ラッシュに沸いた。その一方で、経済成長から遅れをとり、人口の減った農村では、「三ちゃん農業」「機械化貧乏」という農業用語が生まれた。
80年代は日本経済の安定成長期の始まりである。しかし、輸出入が活発になり、経済成長した日本と世界との貿易不均衡の問題が生じるようになる。国内ではコメ余りが指摘され、生産調整の歴史がスタートし、農村では高齢化や過疎、農家の花嫁不足など、課題ばかりが注目される。
そして、90年代以降、日本の経済環境はバブル崩壊を契機に、就職冬の時代、大企業のリストラ、サブプライム問題、リーマンショック、度重なる震災や豪雨災害など低迷を招く出来事が続いた。ITバブルで経済大国のメンツは保たれているものの、中国にGDPを抜かれ、国債発行額が増え、成熟した債権国になっている。しかし、農業はいよいよ発展期に突入したと私は思っている。

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