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北海道長沼発ヒール・ミヤイの憎まれ口通信

アメリカに行って来た


ヘリーは二世、スーも二世だが、戦争前に日本に帰ったので帰米二世と呼ばれる。戦争前後の日系二世の苦闘を描いた1984年大河ドラマ“山河燃ゆ”の登場人物そのままの人生を送った人たちだ。彼ら、彼女たちの涙なしでは語れない努力もあり、戦後の日米関係が決して悪い方向には進まなかったのも事実である。
ただ戦後日本は多くの日本人をアメリカに送らなかったし、現地の日系人も日本からの移民よりも今いる日系人の名誉と地位確保により強い方向性を持ったのは事実だ。
その結果、ベトナム戦争で派兵に協力した韓国やフィリピンからの移民が多くなり現在その数は日系をはるかに超えることになる。そうなると相対的に日系人の発言力が弱くなることは我々に都合が良いかどうかは、慰安婦像など今のアメリカ社会で明確に示されている。

日本人は傷つけあうために存在するのか

北海道に帰り千歳のある回転寿司店に向かった。何か千歳に用事があるときは、必ずといっていいほど立ち寄る現代日本食文化の象徴である。
この店の寿司はおいしい!と本当は言いたいところだが、行くたびにネタが小ぶりになっていたり、10秒前まで冷凍していた?と思わせたり、たぶん業界としては淘汰される寸前の店であろう。
ではなぜ行くのか。隠された名品があるからだ。一個150円の茶わん蒸しがものすごくおいしい。素材もしっかりしているし、なんといっても出汁が天然食材から抽出されたのか?と勘違いさせるくらいの絶品である。入店すると必ず2個頼み、列車で運ばれる寿司はそこそこにして、シメにもう一個150円の茶わん蒸しを頼むのが楽しみなのだ。茶わん蒸し? お前はお子ちゃまか?と言われると、そだね~とカーリング娘の様にお答えすることにします。
ただそんなカワイイやり取りだけではなかった。この店に車で乗り入れた時に純粋な日本文化の一端を垣間見ることになった。お店の最初の入り口は手動で開け閉めして、店内側のドアは自動になっている典型的な寒冷地対応の設備に違和感はなかったが、車から降りる時にある行動が目に留まった。
50歳くらいのさえないオヤジが入り口のドアノブに手を取りドアを引いて入った。次の人が3mくらい後ろにいて、閉じようとしたドアにぶつかりそうになった。よくある光景だ。気になったのでもう少し見学した。次は店から出る人たちに似たような残虐シーンを見ることになる。
北海道だけの話だろうか? 残念ながら日本の大都市でも普通に見られる富を作らない小作人根性文化の象徴だと思う。豊かになった日本の親は子供に何を教えてきたのだろう。日本人は日本人を傷つけるために存在するのだろうか。アメリカに3週間いたが、このような光景を見ることはなかった。入る人、出る人がアメリカ人であれ、アミーゴであれ、黒人であってもドアは次の人のために開けられている。さすが清教徒が作った国だ。改めて感心した。

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