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シリーズ追悼 松尾雅彦

「日本で最も美しい村」連合に込めた志


「日本で最も美しい村」連合には、松尾さんがずっと持ち続けていた志が込められている。そのひとつは、カルビーの創業者で雅彦さんの父である松尾孝氏の「生涯一人一研究」と「未利用の食糧資源を活用する」という理念である。
松尾さんは、カルビーから「日本で最も美しい村」連合、「スマート・テロワール」まで、まさに「生涯一人一研究」を貫いた。「美食革命」という言葉を使ってきたように、美味しいものをつくるということも、松尾さんにとって生涯を通じた一研究だったのである。
また、「未利用の食糧資源を活用する」は、農地や人材などを含めた「未利用資源」に広げて捉え、さまざまな提唱をした。たとえば、耕作放棄地を使うとか、食品残渣を餌にするとか、林業を活性化してエネルギーにするとか、農村に加工場をつくって東京のシングルマザーという人材を呼び戻すとかといったことである。
2つめは、サステナビリティである。サステナビリティとは、地域の生態系を維持し、地球環境に負荷をかけないこと。企業は一人勝ちをするのではなく、日本のため、ひいては、地球環境に配慮しなければならない。企業がサステナビリティの視点を持ち、きちんとした目標をつくり、どう経営を維持するか。松尾さんは、経営者向けの「松尾塾」でも、サステナビリティ経営を説いてきた。
日本にサステナビリティの視点を持ち込んだ広島経済大学の川村健一教授や、「真善美」という言葉を伝えた上勝町の笠松町長、廃棄物リサイクルで原料を再資源化する環境ビジネスのパイオニアである熊野英介氏らとも意気投合している。
3つめは、日本が抱える問題を、都市の企業と地域という「民の力」で解決することである。松尾さんが私を説得したときの言葉に表われている。
「加藤さん、『行きつけの田舎』をつくろうじゃないか。加藤さんは山口、俺は広島だけど、東京の大学に入った。加藤さんも俺も、向都離村によって故郷を失った。都会に向かって村を離れた流民なんだよ。都会は流民の街なんだよ。だから、行きつけの田舎を30ぐらいつくろうじゃないか。故郷に誇りを持っている人たちがいて、美味しいものがあって、美しい景観がある村。訪ねると、よう来ましたねって言ってもらえる村をね」
腑に落ちた。私たち団塊の世代は、一生懸命勉強して東京に出て、60歳の定年まで働けば、豊かな国ができると信じていた。しかし、衣食住が足りた先進国のなかで、世界一不幸な国をつくってしまった。一企業がいくらがんばっても、日本の首都の人も、地域の人も幸せにならない。

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