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実践講座:したたかな農業を目指す会計学 続・入るを計り出を制す!

農村社会と集落の話(2)特定農山村の行く末は本当に不幸なのか


地元の数字ならご存じだという方も多いだろう。もう一歩踏み込んで、近隣の町や遠く離れた町と比べて地元を贔屓目抜きで相対化する眼を養っておくのは悪いことではない。数字を示したうえで話をしなければ、農業振興策にしろ、町おこしにしろ、話題の展開する方向を間違いかねない。前述のとおり、農村の話題は一律に論じるには極めて危ういのだ。
私がこのような視点で地域を眺めるようになったのは、週刊誌などで自治体消滅マップや農協のランキングを眺めることが多くなったからでもある。近年は地方創生や農協解体が政治的に話題になったためだと思うが、田舎に暮らす者からすれば、都会で多く読まれているビジネス誌が関心を持ってくれることに大いに感謝している。巷のどうでもいい芸能ニュースよりも圧倒的に話題性があることは間違いない。
ただし、地元の評価に喜んだり、ため息をついたり、根拠がないと憤慨したりするのは、ほどほどにしておこう。自治体の存続や優良な農協運営が農業者やその家族の幸福度に直結するとは限らない。自治体は安泰でも、政策に依存した農業を推進する農協のもとで、新たな挑戦に苦労するケースもあれば、人口減少に伴って自治体やJAが統廃合されることになっても、農業が地域の産業として強みを持つことで農業経営がおもしろくなるケースもあるだろう。あくまでも自治体や農協の行く末と個々の農業経営の将来像は切り離して別に考えるべきである。「とことん田舎」と「そこそこ田舎」の事例を挙げて、その辺りを考えるヒントを探してみよう。

過疎の利点を活かした農業振興のかたち

今年の春先に、乾田直播の話をするために久しぶりにA町に出かけた。人口が3000人ほどの小さな町で、65歳以上の比率は4割を超える。就業者の4分の1が農業者という典型的な「とことん田舎」の農村である(図2)。特定農山村に指定されており、15年前には4000人が暮らしていたことを思えば、過疎の進行は顕著である。
2014年に日本創生会議が提唱した896の「消滅可能性都市」の一つに名を連ねていることからも、人口減少という面から眺めれば将来的に自治体が消滅しかねない不安を抱えているのは事実だろう。しかし、それだけでこの町が不幸だとか、ここに暮らす住民は不幸だと言えるのか。私の答えはノーだ。なぜなら、この町の農業に産業としての可能性を感じるからである。
もう少し詳しく紹介する。A町の農業経営体は約150あり、農地面積は約1700ha、そのうちの95%は水田だ。近隣の水田地帯と違うのは、減反政策が始まった1960年代に水田農業だけでは生き残れないという判断のもと、水稲以外の振興作物としてキノコ生産に乗り出したことである。北海道屈指のキノコ産地として一時は60億~70億円の売り上げを誇った。低コストでキノコを大量生産する大手企業が出現した現在でも12億円規模のシェアを持つ。さらに90年代に入ると、水稲では減農薬栽培や酒米の契約栽培を推奨し、同時に農家の法人化も支援した。「これ以上は農家生産コストを下げられない」と諦めずに進めてきた農業振興策は農業生産額の向上という形で結果が表れている。人口減少に伴って農業者も減っているが、現在も少数精鋭でICTの導入を検討し、基盤整備を新たに計画するなどその地道な取り組みは続けられている。

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