ナビゲーションを飛ばす



記事閲覧

  • このエントリーをはてなブックマークに追加はてな
  • mixiチェック

新・農業経営者ルポ

Made by Dutch、オランダ人による日本での農業経営は彼らからすればなんら特別なことではない

2016年7月、オランダ人男性のSimon Ruhe(当時24、現在26)は東京ビッグサイトで開かれた施設園芸・植物工場展(GPEC)にいた。オランダの大学で学んでおり、インターンシップで来日しているところだった。筆者も同じ学校に通っていた関係で後日詳しく話を聞くと、日本で農業をやりたいと語っていた。それから2年後の現在、彼の姿は埼玉県東松山市にあった。宣言どおり、日本で営農している。自国の先人たちが行なってきた外国での農業経営をいわば平然と進めていた。 文・写真/紀平真理子

オランダの青年が日本での有機栽培に活路を見いだす

Simonは、オランダ北東部のドレンテ州出身で、鉢物農家の家庭に生まれる。5人兄弟の真ん中になり、小さいころは市場で多くの時間を過ごしていた。
時は90年代から00年代、同国では大規模生産者や企業の台頭で中小規模の大半が倒産する。当時、年間100程度の経営体が倒産し、300前後が外国に拠点を移して再起を図る情勢だった。
彼の両親も例に漏れず、違う職に就く。父親は現在、農業の専門家としてLand en Tuinbouw Organisatie Nederland(オランダ農業園芸連盟、略称はLTO)で働いている。主な役割は、国家や州、地方レベルの行政に対するロビー活動をはじめ、LTOメンバーへの環境や労働、エネルギーなどに関する情報提供、メンバー間の交流の仲介といったことだ。
出自が農家のSimonにとって農業は離れられる存在ではなく、農業や食関係が専門のVan Hall Larenstein応用科学技術大学に進学し、フードバリューチェーンマネージメントを学びながら栽培技術も習得した。そして、16年9月、筆者は彼から日本で農業をやりたいと聞くのだった。
「日本で農業をやりたい理由? 日本文化が好きだからだよ。だから、インターンシップの地を日本にしたんだ」
Simonは14~16年の間に3回、インターンシップで日本を訪れている。滞在期間を合わせると約1年になる。その経験を踏まえ、日本で有機栽培農家になりたいと考えたのだった。
「日本だと可能性があると感じたんだよね。高齢化が進んでいて後継ぎもあまりいない。有機栽培の制度や販路も確立されていないように見えたし、マーケティングもされていないようなのでラッキーだと思った。価格も高すぎてビジネスになっていない。たとえば、女性が妊娠中で仕事していなくても、生まれてくる子どもの健康のために購入できる値段であるべきだよね。だから、持続可能で、すべての人が手に取れるような有機野菜を作ることを僕の使命にしたんだ」

関連記事

powered by weblio