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江刺の稲

農業EXPOで感じた違和感

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第269回 2018年11月05日

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農業EXPO2018に行ってきた。主催者の配慮で我が社にもコマを提供していただいたので地味な展示をした。実をいうとこのところ気鬱がひどく会場に行くのも億劫だったのだが、いざ行ってみると読者の皆さんがお訪ねくださり、元気をもらえた。そこで、会場を回ってみた感想を述べてみようと思う。気鬱の人間らしく少しひねくれた視点で。
かつて農業の展示会といえば農業機械の展示がほとんどであったが、今回は農業機械そのものの展示は数えるほど、展示の中心はドローン、いわゆる「スマート農業」、「六次産業」そして「植物工場」などという言葉が躍っている。いわばそれが「次世代農業」というものなのだろう。
IT、IoTなどの技術進化が農業にとって有益であるということには僕にも異論はない。しかし、あえてカギ括弧を付けたくなってしまうこれらの言葉に僕は抵抗を感じるのだ。そして、その価値を得々として説明する展示者の姿も僕には白々しく見えてしまう。
そもそも、日本でしか通用しない「植物工場」という言葉。海外では単に管理レベルの高い園芸技術に過ぎない。こんな言葉が我が国だけで使われるのは、農水省ではなく経産省が農業に参入するための都合に過ぎない。さらに「六次産業化」などという言葉も、農業・農村に補助金をばらまくための農業関係者の都合に合わせた造語に過ぎない。かつての「一村一品運動」が「百村一品運動」になったごとく税金の無駄遣いになるのは目に見えている。もとより才覚のある者が農業以外の事業を興し、それが社会や市場に受け入れられてこそ実現してきた二次産業や三次産業。「六次産業化」とは無理やり農家や農村に補助金を付けて農家自身に新規事業を興させ、農業側に利益を取り込もうとする農業関係者の思惑に過ぎない。僕も「農村経営」という言葉を使って「農村経営研究会」を主宰し、亡くなった松尾雅彦氏が提唱したスマート・テロワールの活動のお手伝いもしているが、そこでは必ずしも農家だけによる事業開発ではなく、“目線の揃う異業種による団体戦”を目指している。我が国にこの発想がないのは農業を他産業から隔離し、そこに金をばらまき続けてきた結果なのだ。「国際六次産業化展」なんて日本だけの論理の上に「国際」の枕詞まで付けるのはおかしい。

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