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人生・農業リセット再出発

本物に触れる……真贋の眼力を養う

尾張名古屋は城でもつ、と歌われたように徳川家康は金のシャチホコで有名な、日本最大級の立派な名古屋城を建築した。徳川御三家・尾張藩の初代藩主は家康9男の徳川義直、家康遺品の3,000冊が名古屋の徳川美術館に残っている。
家康は8歳で今川家に人質に出されて寂しさを紛らわすのに膨大な読書量になり、それがそのまま残された。“世の物事がどうあるべきかを知るには本しかない、正しい筋道が分かれば世は治まり戦いが起きることはない”が家康の遺訓である。
館内に刀剣甲冑(かっちゅう)が並び、「国宝」織田信長の刀は、本能寺の変で明智光秀が奪い取ったものが、加賀の前田から将軍綱吉へ、尾張徳川の家宣に渡った代物だ。どの刀も刀工の銘を彫ってあるが、伝説の「正宗」には何も彫っていない。鎌倉時代の刀工・正宗は名を彫らなくても一目瞭然で判別できる銘刀だったのだ。正宗と彫ってあったという人がいたら、それは偽物を見たことになる。
刀から派生した言葉は多い。「身から出た錆」、たるんだ者に「焼きを入れる」、「太刀打ちできない」、腕前が落ちて「焼きが回る」、刀身の反りと鞘が合わない「反りが合わない」、「鞘当て」、「元の鞘に収まる」、鍔(つば)を固定させる金具の切羽が詰まると刀の抜き差しができないから「切羽詰まる」、「付け焼刃」など。

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