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新・農業経営者ルポ

専業農家仲間の未来のために、集落営農をあえて担う

コメ・麦だけには頼れない 規模拡大を本格化

「両親を若くして亡くしたのは辛かったが、仕事の上での苦労はあまりありませんでした。コメと麦をまじめに作って農協に出荷していれば食える時代でしたから」 しかし、やがて「食えない」時代がやってきた。独自の目標「10町」を目指して徐々に規模拡大を続けてきた松隈さんの気持ちを後押ししたのは、コメ・麦に依存することへの危機感だった。

「コメが余るようになり、美味しいコメしか売れません。コメどころだって苦労しているぐらいです。佐賀のコメの商品価値についてはよくわかっています。効率化を進めながら、コメ・麦以外に広げていかないと生き残れません」

 本格的に規模拡大に取り組み始めたのは1980年代半ばのこと。目標の10町をクリアしたのは90年代半ば、40歳の頃だ。現在は18ha程度に達している。

 もっとも、規模拡大はすんなりいったわけではない。そもそも兼業農家はなかなか農地を貸したがらないものだ。周辺の専業農家仲間も同じ悩みを抱えていた。

「別の地域ですでに30ha以上借りていた先駆者的な方にこう助言されました――『貸したがらないとしたら、あなた方の借り方が悪い。貸す側にいかにメリットがあるかをPRしましたか?』」 仲間で協力して地域の青写真を描きながら、力を合わせて交渉に臨み、専業農家に預けることで土地が生き続けることをアピールした。

 高田町には専業農家は4軒。周辺の藤木町、今泉町、真木町にそれぞれ1軒。

「仲間」の結束力は固い。農薬や肥料、資材を共同で購入し、農機を共同保有する。といっても、組織としての名前があるわけではないし、誰かがリーダーというわけでもない、緩やかなグループだ。「例えば水田管理機は4軒で2台、大豆の刈り取り機は6軒で3台保有しています。それぞれ管理者は決まっていますが、1台が壊れても、適期を逃さずすぐ融通が利く状態です」 こうして紆余曲折を経ながらも規模の拡大、仲間同士の協力による経営の効率化を進めてきた。一方で取り組んできたのが、コメ・麦以外の作物による経営の安定化だ。

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