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北海道長沼発ヒール・ミヤイの憎まれ口通信

蝦夷を望む 第4話

なんでそんな所に住んでいるんだ!
子供のころから慣れ親しんだ裏山が牙を向いた。今までに経験したことがない地震によってがけ崩れが起き、多くの住居が一瞬にして廃墟となった。被害に遭った者や自宅に帰れない者たちは地域の公民館で心を押しつぶされながら寝泊まりすることになった。
林田は南部藩の開拓の六代目になる。妻と長女が犠牲となった。この緑豊かな土地は林田にとって生活の場であり、子供や孫たちには約束された大地であるはずだった。
地震発生から一週間が過ぎ復興の機運が高まると同時に、なぜがけの下に住宅があるのかが問われ始めた。なかには死者に鞭打つかのような発言もあった。
林田の親せきが集まり、南部開拓会が開かれた。そのなかの長老が思い出したように言った。
「そういえば林田家が入植した頃、東の山と少し離れた北の山とでは木の長さが違うと言っていた。その時は気温の関係だろうくらいにしか考えていなかった」
ある者は続けた。
「南部藩がある東北の冬も厳しかった。そこで木を移植したり、丘の裾野の風下に住居を構える方法を取っていたらしい」
イフツに入植後も同じ方法を導入したが、その山は違っていた。表土が軽かったのだ。太古の時をめぐり、樽前山から降り注がれた比重の軽い火山性の灰が裏山を覆い隠したのだ。その大地の営みを教えてくれる者はこの蝦夷の地にはいなかった。しかしそれは本当だったのか。
アイヌは知っていた。どこに住むか、住まないか、ここは洪水になるのか―。
諸藩から蝦夷に入植が始まると先住者のアイヌとたびたび争い事が起こった。その昔は交易を通してお互いを理解していたが、和人の入植が急増すると土地や水、魚をめぐり争いが頻発した。決定的だったのは、交易をめぐり数百人の和人が殺され、その後に和睦を結んだが、和人が裏切り、各地のアイヌ首長を殺したことだ。その結果、お互い信頼関係を失ってしまい、アイヌの古くからの教えは入植者に届かなくなった。お互いの疑心暗鬼が時を経て悲劇を生んだのだ。

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