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北海道長沼発ヒール・ミヤイの憎まれ口通信

自腹で備えて憂いなし!


停電で困ったのは風呂だ。湯沸かし器が使えないので、事務所のシャワールームを開放したし、携帯の充電をしに近所の人たちもやってきた。農家なのに発電機を用意していない者がたくさんいた。ざっくり90%はキャンプ生活を楽しんだようだ。
道東のある町では酪農家が一軒も発電機を用意していないので、生乳を捨てることになったそうだ。東日本大震災(11年)の後、半額補助による発電機の普及活動があったが、補助金を嫌うフロンティア精神あふれる道産子は、発電機の購入をためらった。私は発電機のエンジンを日野製にしたかったので、100%自腹で購入していた。備えあれば……上手くいった先人の話をよく聞きましょうね

災害に対する考え方の違い

しかし、腹が立ったのは泊の原発の再開が議論にもならなかったことだ。テレビでは、東京の原子力規制委員会の者が「停電したくらいで北海道の原発は再開させない!」と吐き捨てるように言っていた。確かに以前のシャンシャン委員会はどうかと思うが、よく言えば規制、悪く言えば静観しているだけで仕事が成り立つシステムは正しいのだろうか。せめて1週間くらいの緊急措置があっても良かったのではないか。
太陽光パネルを設置した人たちも泣いた。なんでもパネルから家庭用に引く100Vのケーブルを持っていなかった残念組がいたのだ。
地震当日10時くらいに札幌から通う従業員の家族から、連絡が入った。「スーパーでペットボトルが売り切れた!」「電気が戻らない!」「ガソリンスタンドがやっていない!」「粉ミルクが売り切れた!」という。ガソリンは農場にあったので従業員の車に給油して昼に帰した。粉ミルクは札幌では売り切れになったが、長沼には十分あった。上水道は大丈夫だったが、あと一日で施設の送水ポンプを動かす燃料が無くなる寸前だったとゾッとする話もあった。不幸中の幸いで季節も暖房を入れる3週間前だったので助かった。
でも不思議だ。同年の大阪北部地方で同規模の地震があり、塀が倒伏して小学4年生が亡くなった。一方で、長沼で地震による被害はほとんど聞くことはなかった。
はっきり言おう、なぜ塀を作るのか? 国民の利益にならない文化は無くすべきだ。
北海道ではコンクリート塀は本州よりも明らかに少ない。大きな声では言えないが、自分の経験上、実家にコンクリート塀がある女性と上手くいった試しがない。北海道と雪のない地域の住宅に関する考えは違うのだろうか?

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