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北海道長沼発ヒール・ミヤイの憎まれ口通信

自腹で備えて憂いなし!


はい、違います。強度というよりも災害に対する考えが違うようだ。遡れば江戸時代に江戸の町では49回の大火と何百回の小さな火事があったとされる。大火の頻度を267年で割ると5.44年に一度の頻度になる。統計では江戸は世界一の人口だった。それでも火災に対する都市計画も世界で一番進んだ、とはならなかった。
なぜだろう。数年に一度の頻度で大火があり数百人から10万人の犠牲も出たにもかかわらずだ。
諸説あるようだが、あまりに火災の頻度が多いので初めから住宅も簡易な物で済ませた、との記述もある。その100年後、1945年3月10日の米軍の空爆による火災の犠牲者は長崎原爆被害よりも多いという数字も見た。米軍は事前にどの地域にナパーム弾を落とせば効率よく東京を灰にできるか調べ上げたらしい。
では今の農村に住めなかった人たちが住む都市は安全といえるのか? いや東京だけではない。全国にある駅前はどこも同じ風景のリトル東京であり、同じ状況である。地震や火災で町がなくなるから適当な町づくりで良いのだろうか? 
まあ、私が声を上げる必要はないな。南の文化を良しとする立派な国民が選んだ政治家のみなさんがいますからね。
自転車に乗っているときに自動車にぶつかるチャンスと、空を飛んでいる飛行機が頭上に落ちるチャンスのどちらが高いか。海から漁船が乗り上げて車にぶつかるのと、アクセルとブレーキの踏み間違えのどちらが多いか。米国でフランス語とメキシカン語のどちらが使用頻度が高いか。イタリアに行けばパリよりもスリに遭うことになり、ギリシャに行けばスウェーデンよりも熱中症になるチャンスが多いし、長沼よりも北極の方が熊に会うチャンスは高いし、京都に行けば札幌よりも美味しくないラーメンがあり、山梨に行けば秋田のうどんよりもコシはない。
日本に居ればシカゴよりも地震と台風に遭うことになる。事故が発生したら、事故が起きた、と使役動詞を使い、誰かの責任にする間違った日本語を平気で使う日本のメディアは見苦しい。
あっ、忘れていた。日本に居れば、何の変化も認めない小作人根性たっぷりの日本人に遭う事故が普通に起きるわ。

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