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人生・農業リセット再出発

西洋世界史のウソ……日本人のDNAは別格だった!

歴史年表は紀元前をBC、紀元後をACと表す。紀元とはキリストの生誕を基準にしたもので、BCはBefore Christ、ACはAfter Christの略になる。
世界四大文明といえば、BC3000年にナイル河口に栄えた「エジプト文明」、BC3500年のチグリス・ユーフラテス川のイラク・クウェート地域「メソポタミア文明」、BC5500年のパキスタンとインドとの間のインダス川「インダス文明」、そしてBC5000の中国の「黄河文明」と、世界史で教えられてきた。現在の2019年を足すとインダス文明の最大7500年前が最も古い文明となる。
日本古代といえば、AC1世紀時代の静岡の「登呂(とろ)」遺跡や、モースが発見した東京の縄文「大森貝塚」、邪馬台国論争に火をつけた佐賀の「吉野ヶ里遺跡」だったが、いまや観光客はなく、閑古鳥が餓死!している。世界四大文明に比べ我が国は最近の大阪府堺市の「仁徳天皇陵」がユネスコ世界遺産になったように、どんなに古くても縄文や弥生、AC3世紀以降の古墳時代の歴史しか残されておらず、数千年も遅れた未開民族の後進国とされてきた。「魏志倭人伝」に記述されている我が国の描写にしても、「魏(ぎ)」国はAC220~265年だが、そのころに「邪馬台国」「卑弥呼」が記述されている。東から太陽が昇ってくる地は、大きく和を大切にする国→「大和(やまと)」と自らを呼んだのが語源であるが、それを自分たちが一番優れた偉い人種・中央の華だとする“中華”思想の魏国では、日本人の「大和」を→「邪」の侮蔑した意味の「邪馬台国(やまとこく)」と蔑称し、「日の本の巫女(みこ)」を卑しい巫女→「卑弥呼」と漢字で記述している。

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