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新・農業経営者ルポ

一鍬ずつ切り拓いた原野


ん入りました。想像もつかないスピー
ドで経営が変わっていきましたね」
高茂はいま、森のほど近くのダイコン畑と家の裏の畑でキャベツやニンジン、セロリなどの栽培に精を出す。酪農経営は長男の正高が引き継ぎ、成牛40頭、育成牛13頭の計53頭を飼い、年に30万キロを搾る。ただ、酪農は厳しい時代を迎えている。
「乳価が安く、かえって水のほうが高いことがある。これだけ苦労して投資してやっておる牛乳が飲用水よりも安いなどということは、本当に考えられんです」
輸入飼料が高止まりしており、労力がかかるわりに利益が減ってきた。元々10戸以上いた酪農家は年々減り、5戸になった。去年までは正高が搾乳し、高茂がエサやりをしてきた。年齢もあって「もう限界」と思っていた酪農だが、今年、2人の孫が立て続けに戻り、経営を次の時代に引き継ごうとしている。京都の大学を出たばかりの尚紀と、大阪から妻と子どもを連れて戻ってきた佳紀だ。高茂も正高も後継者として戻ってくるとは思っておらず、驚いたという。
「念を押したんです。『本当にやるんか』と言ったら、『帰ってやる』と言うもんですけん。助かります。戻ってきたのは牛が好きという気持ちがあったからだと思います」

後継者が戻り、地域に活気

後継者が戻っているのは黒河家だけではない。会合を開くと若い参加者が目に付く。他地域から大野ヶ原の会合に参加した人は一様に「若い人が多いですね」と驚くそうだ。地域には小学校しかないため、子どもたちは中学から実家を離れて寮暮らしを始める。高校、大学とずっと地元を離れるため、そのまま帰ってこないのではと思いきや、大学を出たタイミングや、一度外で働いた後でUターンする人が多いという。
「後継者が残るということは、下の低暖地にない経営ができるんですね。高原野菜にしても、観光にしても。愛媛という暖地のなかで、標高1000m以上の高冷地という気象条件を生かさん限り、大野ヶ原の生きる道はないと思うんですよ」
酪農に注力する人、冷涼な気候に合った花卉栽培をする人、観光客向けに牧場や飲食店を経営する人……。それぞれに下界ではできない経営を追求したことが、地域の活性化につながった。
毎年「開拓祭」という祭りが開かれる。集落の人間が集まり、若者や子どもたちが楽しそうにしているのを見るのが何よりの楽しみだ。
「若い方が帰ってきていることが一番嬉しいですね。これが限界集落みたいに寂れていったら、なんで苦労したんじゃろうという気持ちにもなるじゃろうし。一世が苦労した甲斐があったと思います」

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