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【農業は先進国型産業になった!】
日本ワイン比較優位産業論 現地ルポ 第9回 知的障害者によるワイン造り イノベーティブな経営者 (有)ココ・ファーム・ワイナリー(栃木県足利市)
- 評論家 叶芳和
- 第29回 2019年10月01日
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1 山の葡萄畑
傾斜度38度、「山の葡萄畑」が知的障害者たちが働くブドウ園である。見上げるような急斜面だ(写真1)。ここで栽培されたブドウから造るワインは、主要国首脳会議(G7サミット)の夕食会で使われたり、あるいはJAL国際線ファーストクラス機内に搭載されてきた。「知恵遅れ」の園生たちが造る美味しいワインだ。100%国産ブドウで造る「日本ワイン」である。
知的障害者がワイン造りをしている「ココ・ファーム・ワイナリー」(池上知恵子専務)の凄さは、この山の葡萄畑がすべてを物語っている。ここは栃木県足利市の北部の山の中である。1950年代、足利市の公立中学校の特殊学級の教員だった川田昇氏と、特殊学級の生徒たちが中心になって開墾した畑である(3ha)。
山の高さは200m、南西向きの急斜面であるため陽当たりが良い。山は1億5000万年前ジュラ紀に海溝の底に溜まった岩石が地殻変動により押し上げられて形成された地質から成り、ボロボロの岩だ。水はけが良く、また根っこが細かくジュラ紀の岩と岩の間に深く張っている。小さな松が自生しているように、もともと自然に収量が制限されるような痩せた沢だ。ブドウの生育にとって良い条件である。
山の葡萄畑は、朝はカン、カン、カン……の音で始まる。葡萄畑の頂上で、K君が缶を叩いて、葡萄畑を荒らすカラスを追い払っているのだ。夕方、足利の街に明かりが灯る頃、K君は缶を叩くのを止めて山を下りる。下りると、決まって、「明日、何時?」と、翌日の仕事の開始時間を尋ねるようだ。1年のブドウ栽培が終わる11月、明日からはもうカラスを追わなくてもいい最終日、K君は「来年、何時?」と尋ねるそうだ。来年の出番を待つほど、K君はカラス番の仕事に責任を感じている。ココ・ファームでは、「知恵遅れ」や自閉症の子供たちが協力し助け合いながら、ワイン造りに携わっている。
園生の奇声もカラスを追うのに効果的なようだ。
窓ガラスを割ったり、暴れたり、都会の自宅や学校では手に負えない子供たちも、ここでは生き生きとして生活している。急斜面の畑はブドウの生育に良いだけではなく、障害を持って可哀そうと過保護にされてきた子供たちにとっても、大きな教育効果がある。皆、心身の鍛錬により、健康と精神安定を取り戻した。「人間復興」だ。入園希望者が多く、待機者が30人もいる。
1969年、成人対象の知的障害者厚生施設として「こころみ学園」がスタートした。こころみ学園を運営するのが社会福祉法人「こころみる会」(注:「こころみる」は「試みる」の意)。山の葡萄畑はブドウ栽培とシイタケ栽培を中心にした農作業を通して園生の心身の健康を目指す場として使われた(ワイン醸造は1984年から)。
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叶芳和 カノウヨシカズ
評論家
1943年、鹿児島県奄美大島生まれ。一橋大学大学院経済学研究科 博士課程修了。元・財団法人国民経済研究協会理事長。拓殖大学 国際開発学部教授、帝京平成大学現代ライフ学部教授を経て2012年から現職。主な著書は『農業・先進国型産業論』(日本経済新聞社1982年)、『赤い資本主義・中国』(東洋経済新報社1993年)、『走るアジア送れる日本』(日本評論社2003年)など。
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