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新・農業経営者ルポ

本物を追求する称号なき生ハムマイスター

 2012年、信州八ヶ岳麓にきたやつハム(株)が誕生した。前身の1987年操業の佐久浅間農協特産センターハム工場から加工場を受け継ぎ、放牧養豚から加工、販売まで手掛ける。有志の協力できたやつハムを設立すると、渡邉敏(51)はすぐさま実力を発揮する。同年、ドイツの品評会で金賞・銀賞を受賞し、さらに八ヶ岳麓ならではの商品も次々に開発している。渡邉の知識と技術の源と、本物の生ハムを追求してきた半生をひも解く。 文・写真/平井ゆか
「どうぞ」
「いただきます」
生ハムが乗った皿を挟み、場に緊張感が漂う。口に運ぶと、心配そうにうかがう渡邉の視線を感じる。この一皿の生ハムは、渡邉が長年培ってきた技術と思いの結実だ。

ドイツの伝統的な製法をもとに職人たちが技術の基本を習得

9月初旬、きたやつハムを訪ねた。新幹線佐久平駅から車で20分ほどの八ヶ岳麓にある。一般道から農道に入り坂道をのぼっていくと、元は段々畑だったらしきところに豚が放牧されている。さらに木立に囲まれた道を進むと、壁一面にかわいらしい豚の絵が描かれた建物が目に飛び込んでくる。きたやつハムの直売所だ。奥には豚肉の加工場と生ハム熟成施設が併設されている。
「まず見ましょうか」
渡邉の技術が詰まった場だ。
生ハム熟成庫の厳重なドアの中には、大小さまざまなハムがぶら下がっている。もも肉のハムのほか、日本特有だというロースハムも見える。生ハムとは、肉を骨付きのまま塩漬けし熱を加えずに乾燥・熟成させたものである。きたやつハムではドイツ流の乾塩法という塩を直接肉にすり込む方法で塩漬けしている。3週間塩漬けした後、18℃の状態を保ちながら3カ月~1年かけて乾燥・熟成させる。すると、たんぱく質がアミノ酸に分解されうまみが出てくる。自社商品は1年以上熟成しているという。
隣の加工場では、職人たちがテキパキと作業している。この日は近隣の養豚家から受託したウインナーをつくっていた。一人の職人が原料の肉を処理している。預かった肉から骨や筋などを取り除く作業だ。手元に迷いはない。こうして処理した肉を専用の機械で細かく挽いて練り、ケーシングと呼ばれる羊の腸の外皮に詰めていく。腸詰作業には2人の職人が当たっていた。まだ入社半年という職人もやはり手際が良い。
「私? 私は働かないんで」
従業員は社員8人、パート4人で、そのほとんどが職人として加工に携わっている。職人たちに任せられるのはなぜだろう。
きたやつハムは、ハム、サラミ、ウインナーなどのソーセージをドイツの伝統的な製法で再現してきた。2012年と13年に2年連続、数種類の商品について「ドイツ農業協会(DLG)国際ハム・ソーセージ品質コンテスト」の金賞・銀賞を受賞している。味や色、香り、歯ざわりなど200以上の項目について審査があり、伝統的な製法を忠実に再現しなければならない厳格なコンテストとして知られる。
「ドイツの伝統的な製法を学べば職人たちが技術の基本をしっかり身に付けられる。出品する商品をつくると職人が育つと思った。たとえ機械が故障してもゼロからできる。そういう基本を若い人にも知ってほしい」
ドイツには、職人を育てるマイスター制度(職業能力資格認定制度)がある。それに似た経験をさせたかったと言う。
現在、自社商品のほか、全体の3割ほどは受託商品の加工をしている。受託商品は、技術のほかに経験も必要になる。規格どおりではうまくいかないこともあるうえ、試験することもできない一発勝負の仕事だからだ。持ち込まれた肉をどう加工するか、判断するのは渡邉の仕事だ。

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