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「思い入れがなくなると、結局、何もつくれない」
そう感じた渡邉は、地元農協のOBやハムセンターの先輩、大学教授ら有志に呼びかけ投資してもらう。そのお金と六次産業化の交付金で、2012年、きたやつハムを設立した。放牧も始め、晴れて渡邉の目指した本物の生ハムが世に生まれた。
渡邉に差し出された生ハムには、渡邉自身と渡邉に関わった人々の知恵と技術と経験、そして思いが詰まっていたのである。
確かな技術をベースにオリジナル商品を開発
土日ともなれば、東京など県外から日に30、40台の車が坂道をのぼってやってくる。その様子を見て品質の良さに気づいた地元客も、来客をもてなす品として買い求めにくる。
味の基本となるのは水と塩だ。水は、地下600メートルから汲み上げている八ヶ岳山麓の天然水は軟水で、塩のミネラルが溶けやすく、ハムやベーコンづくりに適していると言う。塩は、渡邉が選んだドイツの岩塩など5つの天然塩をブレンドしている。
「ドイツのマイスターは、塩や香辛料などが決められたとおり調合されたものを使う。面白いのは、オーストラリアにあるドイツ移民の村に行くと、マイスターが教わっているものより前の時代のソーセージやドイツパンが伝統の味として出てくる。それを見て、開発した商品を(マイスターに合わせて)変える必要はないと思うようになった。日本ではドイツのマイスターのような決まりが少ないので、いろいろなものをつくることができる」
ここ数年は、きたやつハムならではの商品開発に力を入れている。自社の生ハムはスペインの「ハモンセラーノ」の伝統的な製法を用いることにした。長野県飯島町にある田切農産から仕入れたチェリーボムという唐辛子を加えたサラミやウインナー、ジャーキーも開発している。また、地元の味噌屋がつくった甘酒を加える商品も研究中だ。渡邉は弾む声で言った。
「そもそもドイツでは、加工肉はデリカテッセン(惣菜屋)がつくって販売するものだ。加工というより惣菜と言ったほうが正しい。いろんな組み合わせを試していきたい」
ドイツの職人に与えられるマイスターの称号こそなくとも、渡邉は、基本の知識に裏打ちされた確かな技術を余すところなく発揮する。信州の生ハムマイスターとして、また新たな一皿に向かう。 (敬称略)
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渡邉敏 ワタナベサトシ
きたやつハム(株)
代表取締役
1968年、長野県佐久穂町(旧八千穂町)生まれ。母の養豚業を見て育ち農業高校で畜産を学ぶ。卒業後、地元の八千穂村農協(現JA佐久浅間)に勤め、翌年全国食肉学校に通う。その後、東京や北海道のレストランで料理を学びながら、ドイツ、フランス、イタリアなど各国に赴き畜産や加工を学ぶ。2012年、(株)きたやつハムを設立。放牧養豚を始める。年商約1億5,000万円。
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