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知っておきたい 世界各国の産業用ヘンプ

ルーマニア ヘンプ産業の再興・復活を担う外資企業によるプロジェクト

労働集約的で伝統的な技術

ルーマニアは、2000万人の人口と本州程度の国土面積を持ち、欧州のなかでは農業が盛んな国として知られている。中央には国土の3分の1を占めるカルパチア山脈があり、北西部は北海道と同じ冷帯湿潤気候で、南東部は温暖湿潤気候である。主に小麦、大麦、トウモロコシ、ジャガイモ、ヒマワリの種、ブドウが栽培され、5ha未満の零細農家が9割以上を占める。
ヘンプとの関わりは紀元前7世紀の初めに、スキタイ人という遊牧騎馬民族によって同国に持ち込まれたことに始まる。古代ギリシャの歴史家ヘロドトスの著書『歴史』には、紀元前5世紀当時、ルーマニア人の祖先であるダキア人の女性がヘンプの衣服をつくるのに非常に熟練した技術を持っていたという記述がある。この頃から労働集約的で伝統的な栽培と加工が長年続けられてきた。
なかでもヘンプの加工工程には、繊維と麻幹(オガラ)を分離しやすくするレッティングという工程がある。刈り取ったヘンプ茎を農場内で横に倒し、3週間ほど雨露に晒す雨露法が一般的だが、ルーマニアではヘンプ茎を1週間ほど池に浸ける冷水法が伝統的に行なわれてきた(図1)。欧州のほかの国と比べて降雨量が多く、ドナウ川流域で水資源が豊富なことから、冷水法が採用されたと考えられている。

米国発のヘンプ・アパレル

第二次大戦後、社会主義陣営に属していたルーマニアは、1961年に批准された麻薬単一条約の影響を受けることなく、ヘンプの栽培を禁止する措置を行なっていない。60~80年代には、その当時の世界第4位を誇る約4万5000haで栽培され、おもにロープや糸、ジャガイモの袋に加工されていた。
しかし、89年に独裁政権が倒れ、民主化に伴う経済的混乱に陥ると、ヘンプ産業は大きな影響を受け、生産者も工場も次々となくなった。
そんななか、90年に設立されたのが、ヘンプ・アパレルの製造を行なう米国カリフォルニア発の「エコリューション」というヘンプ・ブランドだ。94~97年にその服飾デザインを担当したバーバラ・フィリッポーネ氏によって、栽培から加工、デザイン・製造のあらゆる工程が刷新された。彼女がいなければ、昔ながらのジャガイモの袋のままでヘンプは終わっていたと言われるほど、ヘンプ衣料の礎を築いた功績が称えられている。

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