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北海道長沼発ヒール・ミヤイの憎まれ口通信

戦後の豊かな日本は誰が作った?

令和になり、通称・東京裁判で死刑宣告を受けた東条英機ら7名が絞首刑になった12月23日は天皇誕生日ではなくなった。その日に刑が執行された理由は、日本人それぞれがアメリカからのメッセージをどのように理解するかで決まるのだろう。
東京裁判絡みでは、4月29日(昭和天皇誕生日)に起訴状交付、5月3日に開廷、12月23日(上皇陛下の誕生日)に死刑が執行された。11月3日(明治天皇誕生日)に公布された日本国憲法は、翌年5月3日に施行。真珠湾攻撃も現地時間12月7日ではなく、独立記念日の7月4日かワシントン誕生日の2月22日にやるくらいの知恵を出してほしかった。なぜか大正天皇絡みがない。こじつけると大正天皇誕生日にマッカーサーが厚木飛行場に降りた、くらいだ。ドイツでもナチスの戦争犯罪を問うニュルンベルク裁判の判決があり、死刑執行があった。
いまナチスの犯罪と書いた。多くの映画、特にナチス将校を演じるトム・クルーズの『ワルキューレ』では、彼がクーデターの首謀者とされ、射殺されるときに「こんなドイツ人がいたことを覚えていてくれ!」(原文は違う)と叫ぶ。つまりナチスは悪くて、ドイツ人は悪くないということなのか。
ちなみにアメリカ人の祖先で一番多いのはドイツ系らしい(イギリス系ではない)。では、ハリウッド映画で「こんな日本人がいたことを覚えていてくれ」という映画が世界に発信できるのか。できないかもしれない。しかし我われは知っている。それは未来を信じて戦った兵士であり、苦境を耐え抜いた市民であることを。
これらの日のことは以前よりは多くのことがネットで書かれている。では事実なのか、虚言なのか、そしてあなたの誕生日は単なる数字の組み合わせなのか、それぞれが調べてみるのも楽しいだろう。

事実は小説より奇なり

当時のことを書いてみよう。父は字が下手で、カンニングをするために炭で手の裏に書いたが当然、試験の時には消えて無くなったそうだ。そんな要領が悪い父は、どう考えても絵を描く素質など持っているはずもなかったが、小学校の校舎を描いたら一等賞を取った。1940年頃の現物を見せてもらったが、どう考えても下手クソの部類にしか見えなかったので、父に「なんで一等賞を取れたんだ?」と聞いた。

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