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食の数だけ正義がある 明日も争いは終わらない

有機から多農薬農家に転身した理由


仮に出荷枠を得たとしても、世の中でレタスの暴落が起きれば、あまりの価格差から通常価格のカタログの有機野菜ではなく安売りしているスーパーに客が流れ、レタスの発注が激減する。私は、業者の発注担当が既存産地の売れ残ったレタスの販売を優先したため、約束の出荷開始3日前に取引を1カ月分遠慮されたことがある。もちろん、無農薬でもちゃんとどこにでも出せるレタスなので、一番信頼の置ける出荷先「JA」を通して普通に市場に出荷できたので事なきを得た。
有機の契約出荷といえば聞こえがいいが、単なる定額出荷であることが多い。結果として市場が安いときは売れない、作るのが難しい高値のときも定額という歪みが生じる。
昨今の有機栽培技術体系の確立は目覚ましい。生産者増大に伴う供給力に本当の需要が追いつかないかぎり、過大評価された有機農家の相対的な立場が下がっていくのは間違いない。

無農薬にも対応できる慣行農家にならなければ

ここで「農薬は危険だから使うな」という人に言いたい。「それは国に言うべきである」と。交通規則と同じでそれは国が決めることだ。いくら安全だからといって高速道路の速度制限を30kmにはしない。社会へのデメリットが大きいからだ。250kmにもしない。危険だからだ。誰もが安全に走れる速度として国は100km制限にしている。
これを80kmにしたければ、客観的な根拠を提示すればいいだけだ。事故が多発していれば間違いなく制限速度は落ちる。
農薬については食品安全委員会に行けば良いだろう。1ppbの意味もわからないような人間がネットで拾った記事や論文を農家や消費者に振り回してもなんの意味もない。
国民全体の利益と安全に関わることは「農薬は危険なはずだ」という思い込みではなく、「科学的な根拠」に拠って公的に審査されるべきである。もちろん不満なら下道を選べばいい。
売り先に困っている有機農家はたくさんいる。彼らのライバルを増やそうとする前に彼らの売り先を広げるのが本筋だろう。
逆に「農薬なしで作物なんてできっこない」という慣行農家に言いたい。「情けないこと言うな」と。能力のある農家なら、作物や時期を選び、都会から来た若造ごときが取得できる有機農業技術をわずかにでも学べば減農薬どころか無農薬も可能だ。
有機栽培の可能性はすでに技術上の問題ではない。需要や販路、規格の問題だ。だからこそ「生産者」がわざわざ有機栽培をするのではなく、慣行農法でしっかり農薬を撒いて市場に安定供給していくというのは当然な選択なのである。

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